輪っか 1
世帯を持った。
ある日突然カカシさんからプロポーズされて、カカシさんは俺の『旦那様』になった。そして、俺はカカシさんの『妻』になった。
と言っても、俺も同じ男だから『妻』も何も無いのだけれど、カカシさんが自分のことを『旦那様』と言ったから、俺の方が『妻』なのかな、と言った程度で――、まあ呼び方はなんであれ、両親を失ってから14年、俺にも家族と呼べる人が出来たのだ。
俺たちの一日は、まずカカシさんが目を覚ますことから始まる。暖かい布団から抜け出して、コタツと石油ストーブのスイッチを入れるとカカシさんは布団の中に戻ってくる。ひんやりしてしまったカカシさんに抱きついて、うとうとしてる間に起床時間がやってくる。
もう一度目を覚ますと隣に誰も居なくて、居間に入るとすでに起きていたカカシさんにコタツの中に押しやられた。
「温かくしててね」
ぼさぼさになった俺の頭を撫ぜてからカカシさんは台所へ向かい、目の前に湯気の上る朝食を並べる。促されるまま炊き立ての白いご飯を食んで、作りたての豆腐の浮かんだ味噌汁を啜った。
黄色い玉子焼きに箸を入れると、湯気の向こうにふんわり笑うカカシさんが見えた。
「ご飯粒がついてますよ」
伸ばされた手が口元に触れる。それを自分の口元に持っていくカカシさんは、俺よりよっぽど『妻』の名に相応しかった。一緒になる前よりかいがいしく俺の世話を焼く。
だけど、俺だってしてもらうばかりじゃない。カカシさんの『妻』になったからにはカカシさんに尽くして、
「洗濯物外に干すよ」
尽くして、
「今日の髪紐はこれでいーい?」
尽くして、
「ハンカチはズボンの後ろポケットに入れまーすよ」
尽くして、
「寒いからマフラーして」
尽くして、
「じゃ、行こっか」
(……あれ?)
結局俺がしたのは部屋の鍵を閉めることと、差し出された手を握ることだけだった。
隣を歩くカカシさんを見た。これじゃあいけない。俺だってカカシさんの為に何かしたい。けど何もしないまま日々が過ぎていった。
カカシさんの方がする事成す事完璧で、手を出せないでいた。付き合い初めはカカシさんの方が手が掛かるぐらいだったのに、いつの間にこんなしっかりした人になったのだろう。
このままでは、いつかぐうたらな嫁はいらないと言い出されそうで、そっとそんな兆しはないかカカシさんの横顔を伺った。
「どうしたの?イルカセンセ」
「い、いえっ」
眠たげな目が優しく撓む。その表情が俺は堪らなく好きで、繋がった手をぎゅっと握った。
この手を絶対離したくない。
(俺はカカシさんの役に立つ!!)
決意新たに前を向くと、アカデミーの門はすぐ目の前だった。ここで俺は職員室へ、カカシさんは受付所へ向かう。
「イルカセンセ、いってらっしゃい」
「いってきます。カカシさんも…」
何故か見送られるのはいつも俺の方で、でも俺だってカカシさんの「いってきます」が聞きたい。それで小さく「いってらっしゃい」を付け加えると、ふふっと笑ったカカシさんが俺のマフラーの端を掴んだ。
「解けてますよ」
垂れ下がった端が首に巻き直される。
「ありがとうござ――」
腕が後ろに回る瞬間、自然に近づいていたカカシさんの息が耳元を掠めた。
「いってきます」
柔らかな唇の感触が頬にして、ちゅっと音が弾けた。
はっとしてカカシさんを見ると、布の下に潜った指が口布を引き上げた。
「こ、こんな所でそんなことしたら駄目です!」
「うん、ゴメーンネ。でも前からやってみたくて」
睨みつけても効果無いに違いない。案の定、カカシさんは口布の下で、「ふふっ」と笑うと瞬身で姿を消した。
一人残された俺はようやく回りに誰か居ないか辺りを見回した。顔が熱くて仕方なかった。
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