ソワソワ 7





ガーっと走って家に帰り着くと、鍵を回しきらないうちからドアを開けて居間に向かった。
狭い居間を占拠しているコタツを掴んで上に持ち上げようとして、――何故か持ち上がらない。
布団が下に引っ張られて、うんうん往生していると、

「イルカセンセ?どーしたの?」

カカシさんの声に吃驚して手が滑り、勢いあまって後ろに転がった。
一回転して額が畳みに擦れ、火が付いたような痛みが走る。

「痛い!」

頭を抱えて蹲ると、ばたばた迫ってきていた足音が止まり、「あっ!」とカカシさんが声を上げた。

とても嬉しそうな声。

じわりと涙が滲んで唇を噛み締める。

(――見たかったのに・・。)

「大丈夫ですか?」

悔しくて額に触れようとするカカシさんの手を追い払った。

「触るな!」
「あー・・はいはい」

怒ってるのに。
カカシさんのいい加減な相槌に、怒っている事を示すため距離を取ると背中を向けた。
宥めてくれると思っていた。
なのに足音はすぐに遠ざかってしまう。

(あ・・・)

しん、となった寝室で独り膝を抱えながら、背中の様子を必死で伺う。
明かりが点けられ、薄暗い寝室の端まで光が届く。

(俺は悪くない・・俺は悪くない・・。)

「イルカセンセ」

言い聞かせていると、すぐ隣から声がして飛び上がった。
気づけなかった恥かしさから体温が上がる。
羞恥から頑なに抱えた膝に顔を埋め、だんご虫になってると、カカシさんの手が背中を撫ぜた。

「イルカせんせ、お水飲んで。酔ってるでしょう?」

(酔ってません)

心の中だけで返事した。

「おでこも見せて。ぶつけましたよね?」

知らん顔しているとカカシさんの冷たい手が髪をかき上げ、膝からはみ出た額を晒した。
するすると冷たい指先が傷を撫ぜ、痛みにひくつくと息が掛かり、カカシさんの唇が甘やかに傷口に触れる。

「あっちでお薬塗りましょう?ね?」

(どうしようかな・・)

優しい言葉に心が揺らぐ。

(もう一声掛けてくれたら機嫌を直そう。)

そう決めたのに、カカシさんは立ち上がってすたすたと居間に行ってしまう。

(いつもならもっと強引に構うくせに・・)

それっきり戻ってこないから機嫌を直す機会を失って、いつまでも膝を抱えていると、再び「わっ」とカカシさんの嬉しそうな声が上がった。

「なにこれ、買ったの?すっごい気持ちいー。ふかふかしてる」

カチッとコタツの入る音がして、もそもそと衣擦れの音がする。

「わぁ・・、これすごくいーね。イルカ先生、もうこの上で寝てみました?温かくてキモチイーよ・・」

ふうっと大きく溜息を吐く音がして、悔しさに息を詰めた。

(見たかったのに・・・。)

カカシさんの一番最初の吃驚する顔が見たかった。
それから一緒に「いいね」って触って寝転んで、嬉しそうに笑うカカシさんが見たかった。
それなのに全部見れなかった。
一緒の部屋に居るのに、怒って拗ねて背を向けたばかりに全部見逃してしまった。

そもそも、何に対して怒っていたのか。

今となっては覚えていないが引っ込みがつかなくなって、ただ膝を抱える。
寒い寝室の片隅で、あっちに行けばカカシさんが居て温かいコタツもあるのに、何故こんなところで膝を抱えてないといけないのか。

あまりの理不尽さにじわりと涙が浮かんだ。

「イルカセンセー、こっちおいでよ。あったかーいよ」

冷たさにちんちんする足の指を丸めて耐える。
行けるものならとっくに行ってる。

「こんなところに居たら寒いデショ?」

すぐ耳の横で声がしたと思ったら、温かい腕に包まれて体が膝を抱えたまま浮き上がる。

「ヨイショ、ヨイショッ」

一歩ずつコタツへと運ばれて、コロンと横向きに押し込められると、同じ枠の中にカカシさんも体を押し込んできた。
無理やり押し広げられたコタツの足がギシギシと音を立てる。

「い、痛っ・・、せまい・・」

収まるところに収まってとても安心したのだけれど、格好がつかない気がしたから文句を言った。

「ゴメン、・・イルカセンセ足伸ばして」

ぎこちなく体を伸ばすと、カカシさんの手と足が体に絡む。

(・・・よかった)

思いを代弁するような長い吐息がカカシさんの唇から吐き出された。
コタツの熱がじんわり肌を温め、背中と腕と足にカカシさんの重みが掛かる。
カカシさんの長い指が絨毯の毛を撫ぜた。
五本の指が草原の中を隠れて進む野生の動物みたいに動くのを見ていると、ぱくっと腕を掴まれ己に引き寄せるように強く抱きしめられた。



コタツが持ち上がらなかったのは酔っ払ったイルカ先生が
自分でコタツ布団を踏んでいたからです。
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