こころみる人たち




5日目



朝、目覚めたカカシさんの動きが重い。
のっそり起き上がって、遠くを見たまま動かない。
心無しか目がぎらぎらして見える。
カカシさんの視界に入る前に家を出た。
それが捕食獣を前にした小動物の動きだと気づいたのはアカデミーに着いてからだ。


夜。
とうとうカカシさんが泣き出した。

「も・・ガマンできないです」

ぐずぐずと鼻を鳴らすのに憐憫の情が湧く。
俺も同じ気持ちだったから。
ただカカシさんが先に泣き出したから慰める方に回っただけだ。

「・・手でしてあげましょうか?」

ルールでは我慢出来なくなったら抜いてもいいことになっている。
ただし相手を妨げないこと。

提案するといやいやと首を振る。

「イルカセンセイと一緒じゃないとイヤです」
「でも俺はまだ・・」

ここまで来たら最後まで遣り遂げたい。
途中で投げ出すのは負けた気がして嫌だ。
だけど泣き続けるカカシさんはあまりにも哀れだった。

「じゃあ、明日。今日一日我慢して、明日シましょう?ね?もう一日だけ我慢してください」

出来るでしょう?と頭を撫ぜるとカカシさんが顔を上げた。
本来ならこれはカカシさんの役目だが、欲求不満でおかしくなって役割交代してることに気付いてないみたいだった。

「ホントですか・・?」
「はい、本当です」
「じゃあ、約束のしるし、付けさせてください」
「・・・いいですよ。見えないところにしてくださいね」

どうぞ、と首筋を晒すと火傷しそうに熱い手が首に触れた。
それだけで情を交わした夜を思い出してぞくっと体が疼く。
首筋にカカシさんが屈み込む。
息が触れて心臓がドキドキした。
カカシさんの唇が首筋を柔らかく撫ぜ、ぞわぞわと肌が粟立った。
気持ち良くて、いつまでもそうしていて欲しくなる。



・・・ヤバい。


「カカシ、さん・・」

離れようと体を押したら、むちゅっと吸い付かれ、そのまま痛いほど吸い上げられた。

「痛っ!」
(あぁっ!!)

下肢を直撃した痺れに頭の中で悲鳴を上げた。
首筋から股間へ、足のつま先へと貫くように刺激が走った。
それは紛れもなく快楽で、硬直して息を詰める。

「え・・、イルカせんせい・・もしかしてイっちゃった?」

落ち着くのを待って、ちがう、と首を振る。
だけどそれに近い衝撃が走った。
ひどい。
俺だってそれなりに我慢してるのに・・。

「うぅ・・っ」

堪えきれず涙が零れた。

なんでこんなこと我慢してるんだろう・・。
もう思う存分やってしまいたい。
そう出来る相手が目の前にいるのに・・。

ひっくひっくと泣き出すとカカシさんが慌てた。

「ゴメン、ゴメンネ、イルカせんせい・・、泣かないで・・、もう我侭言わないから・・」

ぽたぽたと雫が頬に落ちてくる。

この人もなんて馬鹿なんだろう。
泣きながらこんなことを我慢してることに疑問はないんだろうか?

だけどそれを言っちゃあお終いなので口を堅く閉じる。

とにかくあと一日の辛抱だ。



「明日・・」
「うん、明日ね・・」

明日に想いを馳せて硬く抱き合って目を閉じるが、熱の籠もった布団が蹴飛ばしたいほど熱くてなかなか眠りは訪れなかった。









目が覚めてから頭が重い。
考えてみれば昨日も一昨日もその前の日もあまり寝ていない。

「カカシさん!そろそろ起きてくださいね!」

ぼんやりした頭にイルカ先生の声が響く。
その元気さが今は恨めしい。
ぱたぱたと動き回る足音に耳を済ませていると眠気がぶり返して頭がかくんと落ちた。


「いるかせんせー・・、お水ください・・」

とっとと起きて自分で台所へ行けばいいものを、わざわざ強請ったのは甘えたかったからだ。
体に触れない分、態度でオレが好きだと示して欲しかった。

「イルカせんせぇ・・?」

だけど返事がない。
はっとして飛び起きると、家のどこにもイルカ先生は居なかった。
ぼやぼやしてる間に、オレに何にも言わないで、いつの間にか家を出てしまっていた。
卓袱台の上にはうっすら湯気の上る朝食が並べられている。

一人で食べろっていうんですか!!

やるせなくて涙が出た。



夜、イルカ先生に泣きついた。
姿を見たらたまらなくなって、逃げられる前に抱きついた。
腕の中で強張っていた体から力が抜けていく。
弱ってる者に優しいのがイルカ先生の良い所であり、付け入られる隙にもなる。

いいんだいいんだ、イルカセンセイなんかオレに付け入られとけば。

ここぞとばかりに体を押し付けると弱り果てた息が聞こえた。

「・・手でしてあげましょうか?」

ここまで来て何てこと言うんだ!

オレが欲しいのはそんなんじゃない。
オレが望むのはイルカ先生との交歓だ!

「イルカセンセイと一緒じゃないとイヤです」
「でも俺はまだ・・」

悩んでいたイルカ先生の瞳が強い意思に染まる。
絶対しないと物語っている。

どうしてですか、イルカ先生。
オレは欲しくて欲しくてたまらないのにイルカ先生はそうじゃないの?

悔しくて涙が出る。
やっぱりオレの方が断然好きな気持ちが大きい。
オレの方がずっと深くイルカ先生を望んでいる。

鼻が詰まってひぐひぐしていたらイルカ先生が頭を撫ぜた。

「じゃあ、明日。今日一日我慢して、明日シましょう?ね?もう一日だけ我慢してください」

明日・・・。
今日でないことに大いに不満を覚えるが、それでもイルカ先生がオレのために妥協してくれたと思うと、少し気分が浮上した。
浮上ついでにしるしをせがむとあっさり喉元を晒した。
久しぶりのイルカ先生の首筋。
勿体無くてゆっくり顔を近づけた。
首筋に掛かる黒い髪を梳いて後ろに流す。
顔をうずめ、そーっと息を吸い込んだ。
イルカ先生の匂いが胸に充満する。

うわぁ・・。

歓喜が胸に広がる。

すっごい好きだ。
切なくておかしくなりそうなほど、イルカ先生が好きだ。

ドキドキして震えそうになる唇でイルカ先生の肌を撫ぜた。
鼻先や頬でもイルカ先生の肌を堪能する。
気持ちイイ。
いつまでも触れていたい。

「カカシ、さん・・」

調子に乗ってスリスリしていたら肩を押された。
慌てて首筋に吸い付く。

「痛っ!」

慌てた分強く吸い過ぎてイルカ先生が声を上げた。

「ゴ、ゴメンナサイ・・!」

硬直するイルカ先生にオレの声は届かない。
そんなに痛かっただろうかとおろおろするが、どうも様子が違う。
顔を赤く染めて耐えるように眉を寄せる。
縮こまった体がブルブルと震え、この様子はまるで・・。

「イルカせんせい・・もしかしてイっちゃった?」

首を振るイルカ先生の瞳から涙が溢れた。

「ひどい・・俺だってそれなりに我慢してるのに・・」

小さく唇が動いて微かな声が漏れた。

なんだ、そうだったのか。
そうだよね!
イルカ先生だってオレのこと好きだもんね!

安堵と喜びで涙が溢れた。



泣いて目をしょぼしょぼさせるイルカ先生を抱きかかえて布団に入ると「明日・・」と胸元から声がする。

「うん、明日ね・・」

髪に唇を押し付けて応えるとイルカ先生がぎゅっと胸に頭を押し付けた。

いよいよ明日・・。

想像すると嬉しくて、眠ってしまうのは勿体無くていつまでも幸福感を抱えていた。








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