苺ミルク 2




 カラスの行水だったに違いない。速攻で風呂から上がったカカシ先生は、髪の先から雫をぽたぽた零し、着替えに渡して置いたグレーのスウェットを拭い切れていない水分で所々濃い灰色に変色させていた。
 そして、やはりと言うか、『カボチャ』スタイルは健在だった。どうして上衣をズボンの中に入れてしまうのか。
「………カカシ先生、髪がまだ濡れていますよ。こっちに来て下さい。拭いてあげます」
「ウン!」
 いきなり指摘したら批判してるみたいだから、頃合いを見計らって質問しようとカカシ先生を呼んだ。元気良く返事して、頭を差し出したカカシ先生の肩に掛かっていたタオルを取って、髪をくしゃくしゃに掻き混ぜる。タオルの隙間から覗くカカシ先生は子供みたいに笑って、…でも髪を濡らしたカカシ先生は色っぽくて、そのアンバランスさに鼓動が早くなった。
「カカシ先生、もっとよく体を拭いてから服を着ないと駄目ですよ。びしょ濡れじゃないですか」
「あ、ゴメンなさ…」
「違います。風邪を引くかもしれないでしょう?」
 濡れた服を摘んでぱたぱた乾かそうとしていたカカシ先生がきょとんと俺を見た。
「オレ、風邪引かないよ…?子供の頃、先生がこうやってズボンの中に服を入れておくと、お腹が冷えないから風邪引かない、って教えてくれたんです」
 自慢そうに、ぽんっとお腹を叩いて見せた。
 思わぬところで謎が解けた。『先生』と言うのがいかなる人物か不明だが、幼かったカカシ先生のことを思って教えてくれたのだろう。カカシ先生が友達なら、それじゃあモテないぞ、と教えてやるが、――必要ない。
 これらの事を一瞬で判断すると、カカシ先生の好きなようにさせることに決めた。そして、それはそれとして、
「そうかもしれないですけど、心配だって言ってんです。幾らお腹が温かくても、他が冷えたら風邪引く事もあるでしょう?」
「イルカ先生、オレの事心配なの?……それって、オレをスキって事…?」
 濡れた前髪の隙間から、カカシ先生が俺を見た。上目遣いの眼差しに、不安や期待や恋慕が入り交じる。
「ぅ…あ…」
(そ、そう言えば、言ってなかったっけ……?)
 改めて言うほどのことではないが、否定する必要もないので肯定した。
「ま、まあ、そう言うことになりますね」
 紅潮しようとする頬を必死に抑えて答えると、カカシ先生が不満そうに頬を膨らませた。
「イルカ先生はオレのことスキ?」
 今度はじっとり俺を見る。逃がすまいとするカカシ先生の意志を感じ取って覚悟を決めた。
「ええ」
「スキ?」
「はい」
「イルカ先生、オレのことスキなの?」
「だから、『はい』って」
「オレのことスキ??」
「だから、好きだって言ってンだろっ!!」
 ムキになって俺を問い詰めようとするカカシ先生にキレて叫んだ。その途端、カカシ先生がにこーっと満足げに微笑んだ。
「オレもイルカ先生の事スキです」
 カカシ先生がきゅうぅぅっと手を握った。喜びを耐えるような目でじっと見つめられて、ぼっと顔に火が付いた。
(や、やめろっ!恥ずかしいっっ!)
 『好き』と言って、こんなに恥ずかしい思いをしたことはない。
 もう二度と言うもんか。

 風呂から上がると、居間に座っていたカカシ先生がばっとこっちを見た。期待いっぱいの瞳で俺を見る。主人の帰りを待ちわびている犬みたいな反応だった。今にも飛び掛かってきそうな気配に、
(良い機会だ)
 『待て』を教える事にした。 
「カカシ先生、先に寝室へ行ってって貰えますか?俺、ちょっと片付けてから行きます」
「ウ、ウン!」
 返事すると緊張した面持ちで徐に立ち上がり、右手右足を一緒に出してぎくしゃく進んだ。ベッドをじっと見ていたかと思うと、落ち着かない様子でうろうろ歩き回る。止まったかと思えば、背を反らして深呼吸しているのが見ていて可笑しかった。
 笑いを堪えて台所に向かうと食器を洗った。しばらくするとカカシ先生がしおしおとやって来た。
「イルカ先生ゴメンなさい。オレが洗っておけば良かったですね…」
「え!?いいですよ、これぐらい。すぐ終わりますし。ベッドで待ってて下さいね」
「ウン!」
 にっこり笑って『すぐ』と『ベッド』を強調すると、カカシ先生は顔を輝かせて戻って行った。振り返って見ていると、寝室に入ったカカシ先生が「とうっ!」とベッドにダイブするのが見えた。顔をぐしぐし枕に押しつけ、ふと顔を上げるとこっちを見た。目が合うと照れ臭そうに笑う。
(か、可愛い…!)
 うくくっと小さく笑って水道を止めると手を拭いた。台所の明かりを消して居間に入ると、カカシ先生ははち切れんばかりの期待で溢れていた。その期待ににっこり笑って応えると、鞄を引き寄せ明日の準備をした。ごそごそ教材を取り出す俺を見て、視界の端のカカシ先生が萎れた。あっと思いだして、明日の朝礼で伝えなければいけなかったことを書き出していると、すぐ後ろで名前を呼ばれた。
「イルカ先生……、オレとエッチするのイヤなんですか…?だったら言ってください。オレ…、ムリは言いません……」
 ずぶ濡れの野良犬のような憐れさだった。今にも泣き出すのを堪えるような顔して唇を振るわせる。
(しまった、やり過ぎた…!)
「そんなことないですよ!ほら、見て下さい。明日の準備忘れてたんです。あと1行書いたら終わりです。……ね?」
 見ても分からないだろうに、カカシ先生は顔を寄せると納得したように頷いた。その健気な様子に鉛筆を置いて、銀色の頭を撫ぜた。
「ごめんなさい、カカシ先生。待たせすぎましたね。もう終わりにします」
「ううん、いいんです。仕事の邪魔してゴメンなさい」
 無理して笑顔を浮かべようとするカカシ先生がいじらしくて、ちゅっと唇を啄んだ。「あ」と小さく漏らして逃げようとするカカシ先生の両頬を掴んで何度も口吻ける。
「服を脱いで待っててください。明かりを消したらすぐに行きますから」
 カカシ先生がぽぅっとしたまま頷いた。それでもどこか信じられないような顔をしていたが、俺がノートを閉じて部屋の隅にあるスイッチに手を伸ばすと、慌てて寝室に走って行った。ぱちっと明かりを消して後を追い掛けると、カカシ先生は川を前にした子供みたいに服を脱いでいだ。 暗闇の中で、白いお尻が目に眩しい。
 ベッドに横になったカカシ先生は、気を付けの姿勢で俺を待っていた。まさに、まな板の上の鯛。「いつでもどうぞ」の声が今にも聞こえてきそうだった。
 体の中心に視線を落とすと、ソコはやや兆して起き上がっていた。日に焼けない白い肌の中で、淡くピンク色に染まって俺を誘う。舌なめずりする勢いで見ていたら、カカシ先生がもじっと体を揺らした。頬を赤く染めながら、じっと俺の視線に耐えている。
「イルカ、せんせ…、早く…」
(ブーッ!!)
 恥ずかしそうに誘われて、鼻の奥が熱くなった。それとなく鼻の下に触れて鼻血が出ていないか確認する。俄然やる気が湧いた俺の息子が騒ぎ出した。
 逸る気持ちを抑えて上だけ脱ぐと、ベッドに上がった。余裕ある振りで、カカシ先生の体を跨いで腰を下ろす。
(さて、どう料理しよう…?)
 思案しながらカカシ先生に覆い被さろうとしたら、突然体を起こしたカカシ先生にぎゅうっと抱きつかれてた。また勝手する気かと額を押さえて引っぺがそうとするが、カカシ先生が抵抗する。
「ちょっと!そんなにくっついたら何も出来ないでしょう!」
「イヤー!ぎゅーってする!ぎゅうぅ!イルカ先生をぎゅー…」
 ぎゅうぎゅう言いながら俺を抱き締めるカカシ先生に脱力した。力では到底叶わない。好きにさせるとカカシ先生は頬と頬をぴたりとくっつけて頬ずりしたり、一緒に寝転がっては俺の髪を撫でたり、頬に触れたりした。
「イルカ先生、スキ……」
 甘ったるい声で何度も繰り返す。
(なんだよ、ソレ…)
 愛しいと告げてくる指先に照れ臭くなって、カカシ先生の胸に逃げた。するとカカシ先生が俺の頭を抱き込むようにした。頭のてっぺんに、熱い息と柔らかい唇が触れる。甘い戯れに心臓がドキドキした。頬に触れるカカシ先生の心臓もドキドキしている。
「イルカ、せんせー…」
 噛み締めるように名前を呼ばれて、胸がきゅんと疼いた。何故か泣き出しそうになる。
(こんなの知らない……)
 誰もこんな風に俺に触れたりしなかった。
 性に拙いせいか、カカシ先生の触れ方は愛しさと優しさで溢れている。
(初恋をしてたら、こんなカンジだっただろうか…?)
 まるでカカシ先生を通して、初恋を追体験しているみたいだった。


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