この手の中に 2





 テクテクとアカデミーへの道を歩きながら、考えに考えた。
 どうやってカカシさんに勝つか、を。
 カカシさんは何でもイイって言ってたけど、腕相撲にしようと決めていた。どうせなら腕相撲で勝って負けた分を取り返したかったからだ。それに昨日の様子では頑張ればなんとかなるような気がする。あくまで気だが。
 俺とカカシさんの実力の差なんて本当にうさぎとカメほどの差があるけど万が一ってこともある。だいたい俺の方が体格がいいのだ。背は低いけど・ ・・って、ふっ、今ちょっとヘコんだぞ。
 と、とにかく!すぐには無理でもコツコツ鍛えればいつか勝てる日が来るかもしれない。努力あるのみだ。
  別にカカシさんに勝って何かして欲しい事なんてないけど・・・出来ればまた、あの表情が見たかった。カカシさんの真剣な表情を。いつもは眠たそうにトロンとしてるか、穏やかに弧を描くあの人の目に強い光が宿る瞬間を。
 あの時、ガラにも無くドキドキした。だってとんでもなくカッコよかったのだ。 ちょっと惚れ直した。
「ふふっ」
 昨夜の事を思い返しているとむずむずとくすぐったいモノが込み上げてきて 笑みが零れた。
 歩きながら一人で急に笑い出した俺に、擦れ違う人が怪訝そうな顔をして通り過ぎた。
 いかん、いかん。
 これじゃヘンな人だと、ぺちぺち頬を叩くと気を入れ直してアカデミーまで 一気に走った。
 とにかく頑張ろう。

 だが頑張ろうと決めたものの具体的にどうすればいいのか分からない。今までやっていたトレーニングでは勝てないことは明白だったので誰かの師事を仰ぐことにした。腕相撲が強そうな人の。
 そこで俺が思いついたのはガイ先生。何か知ってそうな気がする。腕相撲とか好きそうだし。それにガイ先生とは付き合いが長く相談しやすかった。
 浮かれつつも無事に授業をこなし、放課後になるとガイ先生を探した。任務表を確認するとガイ先生の班は休みになっていたので上忍待機所に寄って中を覗いてみたら、いた 。
「ガイ先生」
 中に入るのは憚れるので入り口で呼んでみる。俺に気付いたガイ先生は片手を上げると入り口まで来てくれた。俺はガイ先生のこういう気さくなところがとても好きだった。
「どうした、イルカ」
「あの、教えて頂きたいことがあるんです」
「なんだ?オレに分かる事であれば何でも協力するぞ」
 力強い言葉に嬉しくなる。
「腕相撲のことなんですけど、どうすれば強くなるかーー」
 ご存知じゃないですか?と言い切る前にガシっと両肩を掴まれた。感無量ってカンジで、クーっと歯を噛み締めたガイ先生の口元が二カッと笑ってキラーンと歯が目に眩しく光った。
「イルカ。よくぞ聞いてくれた!腕相撲。まさに俺のためにあるスポーツ!!」
「スポーツ・・・?遊びじゃなくてですか?」
 好きかな?とは思ったがまさかここまでとは思っていなかったので内心吃驚した。
「そうだ!あれもれっきとしたスポーツだ!」
 熱く語りだしたガイ先生の話は腕相撲の規則に始まり、心得や台の規格にまで至った。俺が聞きたかったのは技や腕の鍛え方だったのだが、聞いているうちに熱くなってきて、それらの事がとても重要な事に思えてくるから不思議だ。ガイ先生の話はいつも熱意があって俺にやる気を出させてくれる。気分はもうすっかりガイ先生の弟子だった。
「それでどうやったら強くなるんですか?コツとかあるんですか?」
 ガイ先生が一息ついたところで勢い込んで聞くと、ガシっと手首を掴まれ互いの手と手を合わせる形になった。
「コツはある。だがその前に大切なのは基礎だ」
「はい!」
 握り返せば指は『こうだ』と矯正される。ワクワクした。俺は基本的なところか ら徐々に上へと積み重ねていくやり方が好きだった。
「基礎をマスターしたら次は技だ。腕相撲には技が48手もあるんだ」
「48手!それはすごいですね!!」
 全部身につければカカシさんに勝てるかも。いや、きっと勝てる!
「だろう。よし!オレが1つ1つ教えてやろう」
「はい!お願いし・・・」
 最後まで言えなかった。
 急に周りがすごい殺気で包まれずんと空気が冷えたからだ。あまりの殺気に立っていられず膝をつきそうになるとガイ先生が咄嗟に支えてくれた。ガイ先生の腕を掴んでなんとか崩れ落ちるのを耐えたが、心臓を凍える手で掴まれて恐怖で歯がカチカチ鳴った。
 一体何が・・・・・?
 ここは里の中心だ。それも上忍ばかりいる待機室の前だ。敵襲とは思えない。
「ガイ。その手離せ」
 カカシさん!?
 押し殺した低い声が聞こえて顔を上げるとカカシさんが冷たい表情で立っていた。
「カカシ、どういうつもりだ?勝負だったらそんな殺気立たなくてもいつでも受けるぞ?」
 突然のことにガイ先生は平然と返していたけど、俺は・・・・怖かった。初めて目の当たりにしたカカシさんの殺気に、カカシさんだと分かっていても体が 勝手に震えた。こんなに冷めた目をしたカカシさんを見るのも初めてだった。
 カカシさんがチッと舌打ちするのに勝手に体がびくついた。
「離せって言ってるだろう」
 次の瞬間、目の前からカカシさんが消えて胴に腕が回り担ぎ上げられるのを感じた。
 視界の端に手をクロスさせたガイ先生が壁際まで吹っ飛ぶのが微かに見えた。