足音を立ててやって来る別れが怖くて、耳を塞いで瞳を閉じた。





いつかあなたに 8





眠っているカカシさんの顔を月の光が青白く見せた。
気付いた時には呼吸が止まってそうで、カカシさんの胸が上下するのを息を殺して見守った。
昨日より体温が下がっている。
特に指先。
手の中に握りこんでも冷たいままの指に、終わりが近づいてきているのを感じた。
晩御飯の時、上手くお箸が使えなくなったカカシさんを思い出して心が乱れる。
体の末端までチャクラが回らなくなってきている。
どうしたらいい?
どうすればこの人の時間を長引かせることが出来る?
薬?術?チャクラ・・?
俺のじゃ駄目なのかな・・?
掴んでいた手にチャクラを流し込んでみる。
カカシさんがどこにもいかないように、ずっと傍に居てくれることを願いながら。
だけどすぐにカカシさんは目を開けてしまい、手を引いた。
「ナニしてるの?」
「・・指、冷たかったから・・」
「温めてくれたの・・?アリガト・・」
にこーとして、とろんとした目が俺を見下ろした。
「あ・・、また泣いてる。眠れないの?コワい夢でも見た?」
怖いことなら目を閉じなくても目の前にある。
堪えきれずぐずぐず鼻を啜っているとカカシさんの腕が頭の下と背中に回った。
「こっちにおいで」
強い力が背中を引き寄せ、カカシさんの腕の中に包まれる。
「イルカ先生は、ホント泣き虫だなー・・」
長く、満足げな溜息を吐きながらカカシさんが言った。
「今ね、夢を見てたんです。すっごくいい夢」
のんびりと話し出すカカシさんに涙が止まらなくなった。
カカシさんは怖いとは思わないんだろうか。
消えてしまうのに。
もうすぐ、会えなくなるのに。
辛いのが俺ばっかりでやるせなくなる。
相手が影になっても、やっぱり好きなのは俺ばっかりで俺の想いはどこにも行き場がない。
それでも想いは溢れ出して、カカシさんへと向かう。
好きで好きで仕方が無い。
しゃくり上げて泣く俺の背中をカカシさんの手が宥めるように撫ぜた。
それでね、とカカシさんの息が髪に触れる。
「夢の中で寝ていて、毛布被ってたんです。ひよこ色したふわふわの・・。それがあったかくて、きもちいいなぁーって包まってたら・・・・・あれはイルカ先生だったんですね・・」
幸せそうに話すだけ話すと、カカシさんはすぅーっと寝入ってしまった。
寝ぼけていたのか言ってることが曖昧なまま終わってしまった。
それでもカカシさんの夢に俺が出たのかと思うと少しだけ嬉しくなった。




翌朝。
目が覚めたカカシさんは明らかに疲れている感じだった。
見た目は何も変わらないのに、年を取って老けたような感じ。
存在が希薄になり始めていた。
「カカシさん、やっぱり今日は傍にいます」
「それはダーメ。言ったデショ?仕事はちゃんと行きなさい」
だるそうにベッドから体を起こして頭を掻いた。
「でも・・っ」
「オレは大丈夫だよ。今日もちゃんと待ってるから」
俺の考えていたことを見透かしたようにカカシさんが言った。
深い悲しみが押し寄せる。
帰ったらカカシさんが居なくなってそうで動けなかった。
「カカシさん、俺になにか出来ることはないですか?何か・・方法はないんですか?寿命を延ばせるようななにか・・」
「ないよ」
あっさりとした答えにその方法よりもカカシさん自身にそのつもりが無いことを知る。
「・・カカシさんは・・あとどれぐらいの間俺の傍にいてくれるんですか・・?」
答えなんて聞きたくなかったが聞かずにはいられなかった。
あと何日?あと何時間?
だけどカカシさんは意外そうな視線で首を傾げるだけで、欲しい答えはくれなかった。

「それを決めるのはイルカ先生デショ?」







どうしたらいい?
どうしたらいい?

頭の中は焦る思いで焦げ付きそうになる。
じっとなどしていられなくて、空き時間を見つけては図書館に入り浸った。
カカシさんが教えてくれなければ、自分で探すしかない。
体に良い、とくに滋養強壮、長寿に効く薬草をメモに控えると購買部に寄った。
メモを読み上げ、薬草が用意される間、まだ他に出来ることは無いかと考え込んでいると、
「具合悪いの?」
聞きなれた声に驚いて振り返ると、そこには本物のカカシさんが立っていた。
(どうして今週はこんなにもよく会うんだろう・・?)
不思議に思いながらも首を横に振る。
「いえ、これは俺のじゃなくて・・」
「ああ、新しい彼女のね」
その言葉に落ち込みかけるが、はっと気付いた。
カカシ先生なら――・・。
「あの・・、元気が無いんです。カカシ先生なら具合悪い時何を飲みますか?なにが効きますか?」
藁にも縋る思いで聞くと、「あー・・」と困ったように呟いた。
「オレのはあまり参考にならないよ。常人にはきつくて――」
「それでもいいんです、教えてください。本当はすごく悪くて・・、もうどうしていいのかわからないんです・・」
言っていて苦しくなった。
すごく悪いなんて認めたくなかった。
それを言葉にしたことで、ぐっとその現実が身に迫るようだった。
「助けたいんです・・」
例え本人がそれを望まなくても。
「ゴメンネ、悪いこと聞いちゃったんだね」
はっとカカシ先生に視線を合わせると酷く困った顔していた。
「い、いえ・・、俺の方こそ勝手なお願いをして・・」
首を横に振るとカカシ先生が俺の手を掴んだ。
「お詫びにこれあげる。オレが体力回復させたいときに飲むやつ」
と、カカシ先生がポーチから出した袋を俺の手に平に乗せた。
「いいんですか・・?」
「うん、丸薬になってるから砕いて、少しずつ様子見ながら飲ませてみて。最初は半分、いけそうなら一個分。いけそうなときでも1日一個まで。それ以上飲むと返しが来るから」
「わかりました。ありがとうございます、ありがとうございます!」
何度もお礼を言って頭を下げた。
貰った薬が希望に思えて、両手で包んでカカシさんの元に走った。



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