どうして俺はもっと綺麗に生まれて来なかったんだろう・・?
せめてもっと才能があったら良かったのに。
そうしたらカカシ先生の目に留まっただろう。
もう少しぐらい関心を持ってもらえただろうに・・。
いつかあなたに 7
仕事を終えて受付所を出ると大急ぎでアカデミーから離れた。
だけど真っ直ぐ家に帰ってカカシさんと顔を合わせるのもなんだか辛い気がして、わき道に逸れて人気の無いところまで来ると、そこでひっそり泣いた。
望みもしないのに頭の中は何度もカカシ先生のそっけない返事を再生する。
その姿を思い出すたびに涙が溢れて止まらなくなった。
ひぐひぐと喉を詰まらせながら、両目から涙を零す。
そうしてしばらくすると、哀しみの嵐は過ぎ去って涙が零れてこなくなった。
(・・泣いても、どうしようもないことだ。)
俺がカカシ先生に好意を持ってもらえるような要素なんて何も無い。
ようやく現実を受け入れて、袖口で瞼を押さえて涙を拭うと家に向かって歩き出した。
火照った頬を秋の冷たくなり始めた風が冷やしてくれる。
はあーと大きく深呼吸すると地面を蹴った。
「ただいま帰りました!」
息せき切って玄関に飛び込むと、居間からひょいとカカシさんが顔を出した。
「おかーえり。・・遅かったね」
「あ、はい、すみません。お腹空きましたよね、すぐにご飯作りますね!」
「そうじゃなくて・・」
立ち上がって目の前に来たカカシさんに、「なんですか?」と首を傾げた。
じいっと見られて気まずくなるが、外見から泣いていたことなんてバレる筈が無い。
なんでもない顔してにっこり笑って見せると、怪訝そうにカカシさんの眉が寄った。
その表情に、裂けるような痛みが胸に走る。
「なにかあった?」
「なにかって・・なにもないですよ?」
笑ってカカシさんの横を通り過ぎようとするとカカシさんの足が一歩横に踏み出した。
「・・カカシさん?」
仕方なく反対側に回るとまた通せんぼされる。
「カカシさん・・、通してくれないとご飯作れないです」
困って強引にすり抜けようとすると、
「ヘンな顔」
カカシさんがぽつりと言った。
その言葉に息が詰まる。
「す、すいません・・」
咄嗟に謝ってみたものの、頭の中が白くなった。
酷く傷付いて、抑えようにもぶるぶる体が震えて止まらない。
あれだけ泣いたのに瞬く間に目の前が曇った。
そんなこと言われなくても知っている。
知っていても、好きな人に言われると堪えた。
すべてを否定されたような気がして辛くなる。
でもそのことでカカシさんの前で泣きたくなかった。
泣けば、カカシさんが俺のことをヘンと思っていることを認めてしまうことになる。
嘘でもいいからカカシさんに良いように思われたかった。
いや、良いように思っていてくれると思っていたかった。
ぐっと歯を食いしばって泣くまいとすると、カカシさんが視線を下げて俺の顔を覗き込んだ。
その視線からふいと顔を反らすと、何を思ったのかカカシさんが頬を舐めた。
「なっ・・」
「ホラ、しょっぱい。泣いてたんでしょ?」
「っ!」
驚いて、ぎゅううと眉間に皺がよった。
(・・・なんでバレた・・?)
堪えていた涙が溢れ出す。
「なにがあったの?」
核心を持って聞かれた質問に、
「うっ・・・ふぇっ・・・ぇっ」
もはや隠す事も出来なくて、わあわあ泣きながら起こった事を洗いざらいカカシさんにぶちまけた。
カカシ先生から受けたショックをカカシさんに話して慰められるのはおかしな感じだった。
それでもすべてを話終えると心の中がすっきりして軽くなった。
軽くなりすぎて、なんであんなにショックを受けたのか不思議にさえなった。
考えて見れば大したことじゃない。
カカシ先生になんとも思われてないことなんて百も承知で、それでも好きでいたのに。
「落ち着いた?」
カカシさんの膝に顔をこすり付けるようにして頷いた。
どういう経緯でそうなったのか、俺はカカシさんに膝枕されていた。
解いた髪の上をカカシさんの手が滑る。
泣いている間、カカシさんは黙って髪を撫ぜてくれた。
何度も頭を撫ぜてくれる手が気持ちよくて、涙が止まってからもぐずぐず鼻を啜りながらカカシさんの腹に顔をうずめた。
カカシさんの膝は硬くて頭の置き心地はあまり良くなかったけど、頑なに頭を乗せ続けると背中に手を回した。
「ど・・して・・?」
「んー?」
「どうして・・わかったんですか・・?泣いてたって・・」
「だって、イルカ先生ヘンな顔して笑うんだもん。普通気付くよ。」
気付かない。
今まで誰も気付かなかった――ただ一人を除いては。
おぼろげに幼い頃の出来事を、慰霊碑の前で慰めてくれた火影様の優しさを思い出した。
その優しさが、今目の前にいる人に重なる。
カカシさんはとてもやさしい。
「・・・すき。・・・カカシさんが好き・・」
ぎゅっと体ごとカカシさんに捲きつけば、くすぐったそうな笑い声が上から降ってきた。
どんな風に笑っているのか見たくて顔を上げれば、カカシさんは穏やかな顔で笑っていた。
「オレね、そんなに面と向かって好きなんて言われたの初めてです」
「うそだ・・。カカシさん、モテるじゃないですか」
前に女の人と連れ立って歩いているところを見たことがある。
そう口答えすると、髪を撫ぜていた手が前に回って額を撫ぜた。
「そんなことないよ。オレに寄ってくる人間はね、そういうのと違うんだよね・・」
どこか自嘲気味に唇をゆがめて、すぐにそれを消した。
こっちを見たときには、もう穏やかな表情に戻っている。
「もっと言って?イルカ先生にそう言われるの気持ちイイ」
「好き・・」
「もっと・・」
強請られて何度も好きと繰り返した。
だけど、同じ言葉をカカシさんが返してくれることは一度も無くて、次第にその言葉は哀しみを帯びた。