だんだんと正常な判断力を失っていく。
本当に正しいことなんて自分で決めればいいと思った。
そのうち自分で決めたことだけが本当に正しいことになっていった。

それが間違ってたって構いやしないはずだった。





いつかあなたに 6





今日で2回、カカシさんと朝ごはんを食べた。
言い換えると、カカシさんを連れ帰ってから丸2日が過ぎた。
すなわちそれはカカシさんが存在していられるのが、今日を入れてあと5日かもしれないということだ。
その5日も断定しているのではなく、もしかしたら短くなるかもしれないし長引くかもしれない。
長引くのは大歓迎だが短くなったらどうしよう。
昨夜あまり眠たくないと言った割に、朝、いつまでたっても起きないカシさんに不安が膨らんだ。
その前の日は俺より早く起きていた。
それなのに今日はいくら揺すっても目を開けなかった。
もしかしたらカカシさんが思っているよりチャクラの消費が激しいんじゃないだろうか?
影として実体の無い体を保つために多大のチャクラが使われているとしたら・・。
その先を想像してぶるりと体が震えた。
本体と切れてしまっているカカシさんにチャクラが供給されることは無い。
毎日毎日減っていって、いつか無くなる。
(俺のチャクラを流し込めないだろうか・・?・・・・・・・それより影を実態に――・・。)
それが可能かどうかは知らないが、出来るとすればそれは明らかに禁術だろう。
頭の中に火影様のところの書物庫を思い浮かべた。
あの中にそれを可能にする書があるかもしれない。

「なあ、イルカ」

ぽんと肩を叩かれ飛び上がりそうになった。
(俺は一体今、何を考えて――・・)
犯罪としか言いようのないことを平然と考えていた自分に愕然とする。
だけどそれを心の内に押し隠して笑顔を浮かべた。
「なんだ?」
昼前の受付所は閑散としていて、おしゃべりをするにはもってこいの状況だった。
横を向けば、同僚が眉尻を下げて頼み込むように手を合わせている。
「あのさ、今日の残業変わってくれないか?」
「あー、今日は駄目なんだ。俺も用事があるから」
家で待ってくれているカカシさんを思い浮かべる。
今日はナスの味噌汁を作る約束をしたから早く帰ってカカシさんと一緒に作るんだ。
「そこを何とか!」
「だーめ!・・・・」
食い下がる同情を軽くいなす。
その言い方が、どこかで聞いた気がして可笑しくなった。
短い時間を過ごしただけなのに、いつの間にか口調が移ってしまている。
「悪いけど、今日は本当に駄目なんだ」
「頼むよ、イルカ。今日さ、彼女と会う約束してて――」
「そんなの俺だって――」
つい、口が滑った。
はっと口を閉じたが、同僚はぽかんと俺の顔を見ている。
「え?いたっけ・・?あれ?なんだよお前、出来たんならそう言えよ!」
「ち、ちがうっ、そんなんじゃないって」
「水くせぇなー。どんな子だよ?どこで知り合ったんだ?」
慌てて取り繕っても、色恋の話題に盛り上がろうとする同僚の口を塞ぐことは出来ない。
矢継ぎ早に質問されて頭を抱えたくなった。
カカシさんのことを誰かに話すことなんて出来ない。
「だから――」
そんなんじゃないと言いかけて、コツン、コツンと指先で机を叩く音に二人してはっと前を向いた。
そこに立っている人を見て、俺は一瞬、間抜けなことに満面の笑顔を浮かべた。
嬉しかったから。
だけどその人の瞳の中に怪訝な色を見つけて、冷水を浴びせられた気がした。
己の阿保さ加減に嫌気が差す。
「お疲れ様っす!はたけ上忍」
「おつかれさまです」
隣から上がった声に合わせて会釈した。
突きつけられた現実が後ろめたくて顔を上げることが出来ない。
「はい、お疲れ様。ね、なんか任務なーい?今日は待機組みなんだけど退屈でさ。里内で簡単なのあったら回してくれない?緊急のが来たら式飛ばしてくれたらいーから」
「あっ、はい、探してみます」
依頼書の束を捲って同僚が何枚かピックアップしていく。
その隣でじっと下を向いたまま、誰か来て仕事をさせてくれるのを願った。
だけどこんな時に限って誰も来ない。
「ね、さっきにぎやかだったね、なんかあったの?」
嫌な方に話が向いて居た堪れなくなる。
「それがね、聞いてくださいよイルカの奴――」
「おい」
「いーじゃねぇーか・・、イルカの奴最近、彼女が出来たらしいんっすよ」
選び出したものをカカシ先生に差し出しながら同僚が言った。
「へー・・」
「それでどんな子か聞いてたんですけど、なかなか口を割らないんっすよ・・」
「ふぅん。あ、コレにするよ」
「はい。では、よろしくお願いします」
「うん、じゃあーね」
ぼんと煙が上がってカカシ先生の気配が消えた。
「はー・・、さすがはたけ上忍だな。俺だったらずーっと待機してるかも」
「・・そうだな。・・・・お疲れ様です」
ようやく持ち込まれた報告書に率先して手を伸ばした。
何かをして気を紛らわせていたかった。
カカシさんの俺の話題に対する返事は「へー」と「ふぅん」だけだった。
やはり現実のカカシ先生に俺は何の興味も持たれていない。
分かっていたはずなのに、それがひどく辛い。
辛くて辛くて、喉元まで込み上げてくるものを何度も飲み込みながら仕事に没頭した。



text top
top