今まで自分が生きてきた軌跡なんてどうでもいい。
目の前のことに必死で周りのことに関心が持てない。
ふわふわと体が浮き上がって歩いてる感じがしない。
幸せって、こういうことなんだって初めて知った。
いつかあなたに 5
その日1日どうやって授業をこなしたのかよく覚えていない。
しっかりしろと自分に言い聞かせてみても、熱に犯されたように体中が熱くてすぐに意識が浮ついてしまう。
心はすぐに家に帰りたがって何度も時計を確かめた。
頭の中はカカシさんのことでいっぱいで、今どうしてるだろうかとそればかりを考えた。
よくやく頭が働き出したのは商店街をうろつきだした頃で、カカシさんを思い浮かべながら夕食の買い物をしている時だった。
美味しそうなサンマを求め何軒も魚屋を回り、脂の乗った丸々太ったサンマを手に入れた。
八百屋にも行って大根と他にも野菜をたくさん買う。
それから本屋に行って、カカシさんが昼間退屈しないようにイチャパラシリーズを買い揃えて、家にダッシュで戻った。
(早く!早く!)
一刻も早くカカシさんに会いたい。
勢い良く玄関を開けると部屋に飛び込んだ。
「ただいま帰りました!!」
「おかーえりー」
(やっぱり居る!!夢じゃない!)
間延びした声が居間から届くとサンダルを脱ぐのももどかしく、乱雑に脱ぎ捨てると廊下を走った。
(会いたかった、会いたかった!)
眠っていたのか頬に畳みの跡をつけたカカシさんを見ると嬉しくて叫びだしそうになった。
「うわー、すごい荷物。たくさん買ってきたね」
「はい!ちゃんとサンマも買ってきました!」
褒めて欲しい子供みたいに袋を突き出す。
「あ、それからこれも・・」
イチャパラを卓袱台に置くとカカシさんが嬉しそうな顔になった。
「ありがとね」
うん、と頷くとたまらなく嬉しくなった。
(やった!カカシさんの役に立てた!)
じっとしていると飛び跳ねしてしまいそうだ。
「晩御飯作りますね!」
もっと役に立ちたくて張り切るとカカシさんが立ち上がった。
「オレも手伝います」
「えっ、いいです、座っててください」
「いいから、やらせて」
にっこり微笑まれると断ることなんて出来なくて、赤くなっていく顔を隠すように頷いた。
狭い台所に男二人して立つと狭くて動きにくかったが、カカシさんが傍に居てくれるのがたまらなく嬉しい。
手伝うと言ったものの、カカシさんはあまり料理はしないらしくずっと俺の手元を覗くばかりだった。
移動すれば、ひよこのように付いてくる。
それがくすぐったくて、楽しくて、ワザとうろちょろしたりした。
「イルカせんせ、オレもなんかすることある?」
「えーっと、じゃあこれをお願いします」
買ってきた漬物を切ってもらう。
今度は逆に俺がカカシさんの手元を覗きこむと、カカシさんは漬物をざくざく切って、それから端っこをすばやく口に運んだ。
「あっ」
もぐもぐ動く口を見ていたら、気付いたカカシさんが漬物を手に取って俺の口の前に持ってくる。
「おいしーよ?」
「え・・・」
食べていいってことだろうか?
カカシさんとカカシさんの手を交互に見て、キドキしながら口を開けるとほいっと口の中に漬物が押し込まれた。
「ネ?」
「・・・・」
ネ?と言われても味なんか分からない。
唇に指先が触れたところが熱くて、こくんとだけ頷くとカカシさんに背を向けた。
その日食べたご飯は今まで食べた中で一番美味しかった。
風呂から上がるとカカシさんの腕の抜糸をしようということになって救急箱を持って隣に座る。
糸は本来なら治癒と共に溶けてなくなるものを使っていたがそこまで必要なかったらしい。
傷口は綺麗に塞がっていて、慎重に糸に鋏を入れた。
身が付いてくることがあるから、そうっと糸を引き抜いた。
すべて抜き終えると腕にはまっすぐ一本の線が走っている。
「・・痕が残りそうですね・・」
何とはなしに呟いて、はっとした。
そしてその考えをすぐに打ち消す。
カカシさんが傷跡を指ですうっと撫ぜた。
「あ!駄目ですよ、消毒しないと」
糸の抜けた跡を消毒し、万が一にも傷が開かないように包帯を捲く。
「ありがとね」
ふいに、泣き出しそうになって強く首を横に振った。
「・・カカシさん、今日はもう寝ましょう」
「イルカセンセ、もう眠いの?」
頷いて手を引くとカカシさんが頭を掻いた。
「オレ、今日は一日中寝てたから、まだあんまり眠くないんだよね・・」
「じゃあ、ベッドにはいるだけ・・」
「・・・・・誘ってるの?」
言われた意味が分からなくてしばし考えた。
それから猛烈に熱くなった。
きっと顔はこれ以上ないくらい赤くなっているのだろう。
「そ、そ、そんなこと考えてません!!」
ただ傍に寄り添って、一緒に寝て欲しかっただけだ。
「なーんだ、残念」
「え・・」
あっさり引くと、逆に俺の手を引くとベッドに入った。
「寝ないの?」
いつまでもベッドの脇で突っ立っているとカカシさんがココにおいでと布団を叩く。
「襲ったりしなーいよ?」
「そんなこと思ってません!」
開けられたスペースに体を滑り込ませると布団を被って目を閉じた。
暫くするとカカシさんの手が背に回り、硬直して息を潜めるが。
それ以上なにもするつもりは無いらしく、ぽんぽんとあやす様に背中を叩くとカカシさんの体から力が抜けた。
「・・・・・」
少しだけ近寄って寝心地のいいところを探すと体から力を抜いた。
眠りはすぐに訪れて、だけど期待したがる心になかなか寝付けなかった。
(・・残念って・・どういう意味だろう・・?)