幸せが欲しくていろんなことに目を閉じた。
汚くても醜くても構わなかった。
いつかあなたに 3
さらりと冷たい風が体を撫ぜた。
窓を開けっ放しで寝てしまったらしいと夢うつつに考えた。
寒い。
そろそろ朝夕と冷え込む季節になってきた。
冷たい空気から逃げるように寝返りを打つと温かいものに触れた。
毛布みたいに温かい。
それを被ろうと引っ張り寄せるが、重たくて思うように動かない。
近寄ってその下に潜り込もうとすると、毛布の方から覆いかぶさってきた。
(温かくて、気持ちいー・・・)
心地よくまどろみから眠りへと落ちていこうとした時、
(・・ん?毛布なんか出したっけ・・?)
ぱちっと目を開けると明らかに人間の肌をしたものが目の前にあった。
皮膚のカンジからして男の人の。
恐る恐る視線を上げて、
「起きた?」
「う。うわーっ!」
すぐ目の前にあるにこやかな顔に驚いて後ろに下がった。
「な、なんでこんなところに!?なんでっ・・おわっ」
「っと、アブない」
下がりすぎてベッドから落ちかけたところをカカシ先生にひっぱられて免れる。
逆戻りするように腕の中に戻って朝から血圧がぐんと上がった。
「覚えてなーいの?」
「いえ!覚えてます。思い出しました」
(そうだ、彼を引き止めたんだった。)
はーっと息を吐き出して体の力を抜いた。
「そう、よかった。・・まだ早いよ。もうちょっと寝よ?」
はい、と頷いて目を閉じた。
だけど、どくどくと早い鼓動に眠気はどこかへ行ってしまった。
それでもカカシ先生の腕の中で目を閉じていると、昨夜のことが思い浮かんだ。
泣いて、泣いて、カカシ先生に宥められて、それから傷の手当てをして貰った。
風呂は互いに体を拭くだけの留めて、早々に寝ることにした。
一つしかない寝床をカカシ先生に勧めて、座布団を並べて寝ようとしたら呆れた顔してカカシ先生が言った。
「こっちで一緒に寝たらいいじゃない」と。
恐れ多くて固辞すると米俵みたいにベッドに運ばれてしまった。
それでもいいからと抜け出そうとすると、「腕が痛い」と俺の体に回した腕を指して言われて、観念した。
ところがずっと好きだった人と同じ布団の中にいて眠りはなかなか訪れず、すぐに寝入ってしまったカカシ先生に、こいうことには慣れてるのかな、と少し寂しくなったりした。
ふと思いついて眠っているカカシ先生の額に手のひらを当てた。
熱くない。
熱は出なかったようだとほっとすると、カカシ先生が閉じていた瞳を開けた。
「眠れない?昨日も遅くまで起きてたようだけど・・」
「そんなことないです。でもなんだか緊張して・・」
(・・気付いてたんだ。)
てっきり眠ってるとばかり思っていたから、起きていたことに気付いてくれて嬉しい。
気に掛けて貰えてるような気がして嬉しくなった。
体の内側で縮めている手を伸ばしてカカシ先生を抱きしめたい衝動に駆られる。
でも行動には移せなくて、これ以上離れたりしないようにただじっとしていた。
「イルカ先生って結構、髪、長いんだね」
眠気が去ってしまったのか、カカシ先生が毛先を摘まんで弄んだ。
何度もくるくると指先に髪を絡め、跳ねてすり抜けていく様を楽しんでいる。
カカシ先生が呼吸する度に息が軽く頬を撫ぜた。
すごく、すごく近くにカカシ先生がいる。
そのことに胸の中でふわふわ夢見心地な想いときゅと胸を締め付けるような哀しい想いが交差するようにやってきた。
「カカシ、センセ・・」
気になっていたことがあって声を掛けた。
「ん?なーに?」
毛先から俺へと視線が移る。
「カカシ先生はあと何日ぐらい俺のそばにいてくれますか?」
口にした瞬間じわっと目が潤んだのが分かった。
堪えろ、堪えろと頭の中で涙腺に命令を下す。
「うーん・・、そうだね・・恐らく1週間ぐらいは持つんじゃないかな・・。こういうの初めてで前例がないからはっきりとは言えないけど」
「そうですか・・」
一週間。
あまりに短い期間に目の前が暗くなる。
だけどこれまでの三年間を思うと永遠にも等しい長い時間だ。
「だからね、イルカ先生も楽しんだらいいよ。ほら言うデショ、旅の恥は掻き捨てって。そんな感じで。消えたら何も残らないから」
残酷な言葉に胸が詰まる。
それでも。
叶わぬ想いを歪んだ形で叶えようとしている今、それは現実に帰るときのことを思えば都合がいいのかもしれないと打算的な考えが頭の隅を過ぎった。
「・・カカシ先生はこのことを知らないんですか?」
「うん?」
「あの、カカシ先生・・本体の・・」
「ああ、知らないよ。もうオレたち切れてるし。怪我して任務終わった時点で消失したと思ってるよ。っていうよりいつもそうしてきたから気にも留めてない。オレもまさか引き止められるとも思ってなかったし」
「そうですか・・」
隠しようもなくほっとした気持ちが胸に広がる。
本人の知らないところでこんな事をしておきながら、知られたくないなんて虫が良すぎる。
分かっていながら、じくじくと痛み始める良心に目を背けた。
こっちの方がいい。
例え一週間でもカカシ先生と一緒にいたい。
「それよりさ、ややこしいから呼び方変えない?オレのことはさん付けでいいよ。イルカ先生、最初にそう呼んだデショ」
「え、でも・・」
「いいから。ちょっと呼んでみて」
「あ・・あの・・、・・・・・・・カ、カカシさん・・」
「うん」
にこっと目の前に広がる笑顔に胸がいっぱいになる。
「カカシさん、カカシさん・・」
「うん、なーに」
「カカシさんっ」
呼びかけて、応えてもらえる喜びに、縮めていた腕を伸ばして目の前にある体を抱きしめた。