なんだかちょっと信じられない。
カカシ先生が俺の家に居るなんて。
築20年の古ぼけた部屋に彼が立つと、あまりの不自然さにそこだけ空間が違って見えた。

まるで夢を見てるみたいに。







いつかあなたに 2





「・・それでイルカ先生、・・体の方は大丈夫?」
「えっ、あっ、はい!」
ふいに声を掛けられて我に返った。
言われて体を見回すが大した怪我はない。
それよりもずっと立ち尽くしていたことに気付いて、卓袱台の周りに置いていた座布団を引き寄せた。
だが、長年使い込んだ座布団は中の綿が磨り減って厚みが無い。
もう一枚引き寄せて二枚重ねるとずずいとカカシ先生に勧めた。
「すいません、俺、気が利かなくって・・。座ってください。・・・・・・あの、お茶入れて来ます」
一つの動作を終えるとひどく手持ち無沙汰になって台所に逃げた。
自分の部屋にカカシ先生が居るという非現実さに気持ちがついていかない。
とんでも無いことをしでかしているような気がしてきて、おどおどと後ろめたい気持ちが湧いてきた。
そのくせ目を離した隙にカカシ先生が消えてしまわないかと何度も後ろを振り返って確かめた。

――大丈夫。
――居なくなって無い。
――ちゃんと居る。

座布団に胡坐を掻いて座る後ろ姿を見るたびに心がふるふる震えて目がじわりと熱くなる。
そこにはずっと望んでいた風景があった。



「どうぞ」
カカシ先生の前にお茶を出して、向かいに座ってみた。
「あのっ、晩御飯はもう食べられましたか?まだなら俺・・」
「あ、もう食べました。イルカ先生まだならオレに構わず食べて」
「いえ、俺ももう外で済ませてきました」
「そう・・。・・えーっと任務だったの?さっきの・・」
「いえ、帰る途中にたまたま・・です」
「ふぅーん、オレも部屋にいたら警笛が聞こえてきたからそれで・・」
「そうでしたか」
それっきり、しーんとした部屋にお茶を啜る音だけが響いた。
上手く会話を繋ぐことが出来ない。
あんまり話をしたことがなかったから、こんな時どんな話をすればいいのか思いつかなかった。
「・・・それで・・その・・、さっきの『いかないで』っていうのは・・」
しばらく互いに黙り込んでいると、徐にカカシさんが言った。
「あ、あれは・・っ」
かあっと顔に血が集まった。
泣いて縋りついたことを思い出して恥ずかしさに体中が火照る。
言い訳しようと顔を上げれば、首を傾げたカカシ先生が――、
「あ!!」
心臓がきゅーんと音を立てた。
どくどくと激しく流れ始める血流にくらりと目の前がぶれた。
(口布が外れてる!)
初めて見るカカシ先生の素顔にぽかんと口を開けたまま見入った。
すうっと通った鼻筋と薄い唇。
どこか儚げな面差しがその顔をより端整に見せていた。
(誰だ・・、たらこ唇とかでっ歯とか言ったの・・)
「イルカセンセ?イルカ先生??」
呆けた目の前で手が振られる。
「カ、カカシ先生!顔が!口布外れてます!!」
「ん?だって、してたらお茶飲めないよ?」
なんでもないことのように言って、湯飲みを口元に運んだ。
その上げた腕の包帯が赤く染まっているのを目に留めて血の気が引いた。
「カカシ先生、血が出てます、止血しないと」
慌てて救急箱を持ち寄るとカカシ先生の腕から血に濡れた包帯を解いた。
露になった傷口は思いのほか深く、未だ止まりきらない血が流れ出している。
「・・カカシ先生、これは縫った方がいいと思います。縫っていいですか・・?」
聞きながらも針と糸を用意しているとカカシ先生の手がそっと手の上に被さった。
「イルカセンセ、さっきも言ったけどオレに手当てなんか必要なーいよ。だって――」
その先は聞きたくなくて強く首を振った。
「・・っ、だめです!こんな血が出てるのに・・。俺のせいでカカシ先生が怪我を・・っ」
ひくっと喉が震えるとカカシ先生の気配が慌てたものに変わった。
「違うよ!これはオレの戦い方に問題があっただけで。決してイルカ先生のせいじゃないよ?」
「でも・・っ」
「泣かないでよ・・。うん、わかった、縫っていーよ」
「お願いします」と出された腕に濡れた目元を拭って針を持ち直した。
(・・きっと、すごくカカシ先生を困らせてる。)
それがわかっていながら自分を抑えることが出来なかった。


手早く縫い終え消毒をして、血が出なくなったのを確認して包帯を取り出した。
肘から手首へと包帯を巻いていく。
真っ白な包帯に包まれた腕は見ているだけで痛々しくて、じくじくと胸が痛んだ。
端を手首の上で蝶々結びにすると、少しだけカカシ先生の手に触れてみた。
手甲をしていても冷たい手。
滑らかそうに見えた細長い指はクナイだこが出来てカサカサしている。
ずっと、どんななのかと思っていた。
ぎゅっと握ると堪えきれず涙が溢れて顔を伏せた。
「・・・ごめんなさい・・」
涙が後から後から溢れ出る。
「イルカセンセ、そんなに気にしなくていーんだよ?」
気遣う言葉に違う違うと首を振って、胸を刺す痛みに体を折り曲げた。
「・・・ごめんなさい、カカシ先生が・・・好きなんです。・・・・・ごめんなさい、でも、ずっと言いたかった・・」
やっと。
三年間、胸の奥深くに隠し続けてきた想いをようやく伝えることが出来て、堰を切ったように涙が溢れ出す。
その涙はカカシ先生の手の上にも落ちて、それもだんだん溢れる涙に見えなくなった。





そして、いつまでも泣きやまない俺に困り果てたカカシ先生が約束してくれた。
チャクラが尽きるまでは傍に居てくれると。



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