目の前の現実を上手く受け止められないでいた。
夢を見てるみたいで。
幸せで。
いつかあなたに 14
「――センセ、イルカセンセ!」
「は、はい!」
急に呼ばれて、はっと前を見るとカカシさんが不思議そうな顔で首を傾げていた。
「チャンネル変えたいんだけど、いい?」
「あ、はい。どうぞ」
目が合うとかぁっと頬が火照る。
リモコンを手渡すと、それとなく下を向いた。
パチパチと変わるチャンネルが途切れ途切れの喧騒を耳に運ぶ。
どうにも意識が散漫になって仕方が無い。
さっきのキスの余韻から抜け切れず、体の内に籠もったままの熱で頭の中がぼうっとした。
視線は何度もカカシさんの唇を追って、開いたり閉じたりする様に釘付けになった。
あの唇が俺に触れた。
あの舌が俺のに絡まった。
思い返すたびにご飯を食べる手が疎かになって、箸を落っことしそうになった。
気を取り直してご飯を食べようとすると、いつの間にか茶碗の中は空っぽになっていた。
見ればカカシさんも食べ終わっている。
カカシさんにお茶を出して、静かになったテレビに視線を向ければニュースをしていた。
途端に心の奥がぎくんと固まる。
空の器を集めると流しに運んで洗い始めた。
水音を掻い潜って届くキャスターの硬い声が背中に刺さる。
カカシさんにしたことが後ろめたくて、最近ニュースは見れないでいた。
俺と似たようなことをする輩が多くて責められているような気持ちになる。
見なかったからといって俺のしたことが消える訳じゃないが目を背けてはいられた。
「まだ終わらないの?」
「ひぁ!」
突然掛かった声に洗っていた茶碗を落とした。
「おっと」
それは流しに叩きつけられる前にカカシさんに受け止められ、「はい」と差し出される。
「すみません」
茶碗を受け取り、泡塗れになったカカシさんの手を濯ぐと、ぐっと背中にカカシさんの重みが加わり空いた手が腰に回った。
「ねぇ、そんなの後にしてこっちに来てよ」
「いえ、もうすぐ終わりますから・・」
背中に寄りかかるカカシさんを嬉しいと思いつつ、罪悪感から真っ直ぐカカシさんを見れないでいた。
「どうしたの?」
「なんでも・・」
「家に来て迷惑だった?」
「違います!そうじゃなくて・、・・・・ニュースが・・」
ん?と首を傾げたカカシさんに、思い切って心の底で蟠っていたすべてをぶちまけた。
カカシさんに許して欲しかったから。
もう気にしなくていいよと言って欲しかったから。
なのに。
「アハハハッ、イルカ先生、それ本気で言ってるの?拉致監禁って・・オレを?」
ひーひー目じりに涙を浮かべて笑うカカシさんに唇がへの字に曲がった。
何がそんなに可笑しいのか、俺は真剣に言ってるのに。
「・・もういいですっ」
面白くなくてカカシさんに背を向けるとがばっと背中に圧し掛かられて、あまりの重さに居間に入った途端こけた。
「いたっ!なにするんですか!・・ふ・・ふぇ・・っ」
訳の判らない哀しみが込み上げてきて、あっという間に涙が溢れた。
心の中ではバカにされたような悔しさと許してはもらえない不安がごちゃ混ぜになる。
「あ!ゴメン、痛かったね。ゴメンネ、ゴメン・・」
慌てたカカシさんが俺を引き起こして抱きしめた。
優しくされるとほっとして、また涙が溢れる。
宥めるように背中を撫ぜられ額に口吻けられると次第に涙は収まり、泣いたことが恥ずかしくなった。
カカシさんと居るとどうも涙腺が弱くなる。
前はこんなに泣いたりしなかった。
感情の起伏が激しくて自分でも疲れてしまう。
自分がそうなのだから、カカシさんはもっとだろう。
「すいません、泣いたりして・・」
「ううん、オレの方こそゴメン。・・そうだよね、あの時も泣いてたのに、オレがはっきり言わなかったから・・」
「え・・?」
「イルカ先生ってホント『良識人』、」
「あ・・」
それは影のカカシさんに言われた言葉。
あの時の光景が蘇ってカカシさんを見上げると、同じ顔で笑っていた。
「・・カカシさん?」
「オレは監禁されたなんて一度も思ったこと無いですよ」
「でも・・!」
「もし、イルカ先生がそのつもりだったとしても、オレと本当に監禁された人たちとは大きな違いがあるんですよ。それが何か分かる?」
問いかけられて首を横に振った。
するとバカだなあとカカシさんが優しく言った。
「だからイルカ先生はバカだって言うんです」
「カカシさん!」
あの時そう言った後、カカシさんに「もう終わりに」と言われたことを思い出して必死になってしがみ付いた。
止まっていた涙がまた溢れ出す。
「ごめんなさい!ちゃんと・・考えるから・・行ったらやだっ・・!」
うわーんと大声で泣き叫ぶと、カカシさんが苦笑しながら抱きしめる腕を強くした。
「行くわけ無いデショ?せっかく戻って来れたのに・・。・・あの時、オレはいつだって消えることが出来たんです。でもそれをしなかったのはイルカ先生の心を貰えたから・・、それが嬉しくて居心地が良かったから消えたくなかったんだよ。ずっと傍に居たくて・・・。そんな風には考えなかったの?オレが傍に居たいから居るんだって」
考えれなかった。
いつだってカカシさんは遠い存在だったから、そんな風に思ってもらえるなんて思えなかった。
「カカシ、さん・・っ」
さっきまでとは違う涙が溢れ出す。
「ずっと傍に居させてね」
優しい言葉が首筋に落ちて、目を閉じたまま頷くとふわりと体が持ち上がった。