外からの光が台所の窓をオレンジ色に染める。
暗くなり始めた空に蛍光灯の明かりを点けると、しゅんしゅんと湯気を上げる鍋の中に刻んだ茄子を放り込んだ。
お湯の中を泳ぐ茄子を見ていると、前にカカシさん(影)と味噌汁を作ったのを思い出して顔がにへらとしてしまう。
今度は本物のカカシさんの為に味噌汁を作っているという幸運が俺の顔を締まりなくさせた。
『帰ったらつづき、しようね』
そう囁いたカカシさんの甘い声が蘇る。
やっと想いが通じて甘い雰囲気になったのに、カカシさんは式に呼ばれて任務に行ってしまった。
それから3日。
今日はカカシさんが任務から帰って来る。
いつ帰ってくるだろう・・?もっと暗くなってからだろうか・・?
頭の中はそのことでいっぱいだ。
カカシさんが帰ってきたらイチャイチャが待っている。
いっぱい甘えて、いっぱいぎゅうしてもらおう。
想像するとニマニマしてしまう。
誰も居ない部屋で一人顔を赤くしながら夕飯の準備をした。





いつかあなたに 13





カカシさんがいなかった間、何度もあの時のことを思い返した。
カカシさんが俺のことを『好き』と言ってくれた瞬間を。
カカシさんの声で、頭の中で、何度も。
きっと俺の人生の中で一番幸せな瞬間だ。
だけど思い出しすぎて、余計なことに気付いてしまった。
本物のカカシさんが俺を好きだと思い始めたのは俺の家に来てからだ。
カカシさんは「こうなったら仕方ない」と言った。
本当はカカシさんは俺のことは全然好きじゃなかったんだろうが、影が好きって感情を持ち帰ったから、それに引き摺られるように俺のことを受け入れたんだと思う。
それを思うと不安になる。
「やっぱり違う」なんて、いつか言われなければいいけど・・。

その時、カンと鉄を踏む音が聞こえて心臓が大きく跳ねた。
(あ!)
カン、カンとアパートの階段を上がる音に考えていたことが霧散していく。
カカシさんの気配を感じて、頭の中はカカシさんでいっぱいになった。
居ても立っても居られなくなって、コンロの火を落とすと玄関に向かった。
気配がどんどん近づいてくる。
(早く・・、早く・・)
待ちきれず、急かされるように玄関に降りるとドアが勝手に開くより先に外に飛び出してカカシさんを迎えた。
「おかえりなさい!」
「ただーいま」
片方だけ見えている右目が軽く見開き、すぐに撓んだ。
どこにも怪我してないのを確かめながら一歩下がると、するりとカカシさんが中に入ってドアを閉めた。
外の世界が遮断され、カカシさんと二人きりになる。
カカシさんを独り占めしている気分になって嬉しくなった。
いっぱい、いっぱい構ってもらおう。
そう決めてカカシさんに手を伸ばしかけると、ふうと息を吐きながらカカシさんが口布を下げた。
隠れていた唇が露になる。
途端に、心臓がドキンと高鳴って心拍数が上がる。
額宛を取ると、それはもっと。
(あ・・、あれ?)
カカシさん(影)で慣れてる筈なのに、何故かカカシさんの顔をまともに見れない。
くるんとカカシさんに背を向けると台所に逃げた。
逃げるつもりだった。
ところが数歩前に進んだところで纏めた髪を引っ張られた。
「わっ」
「どこ行くの」
「え!えと、晩御飯の準備が・・!」
「あとでいいじゃない」
声はすぐ耳の横でして、瞬く間にカカシさんの腕の中に閉じ込められた。
後ろから抱きしめられて背中に熱を感じる。
体に回されたカカシさんの腕を掴んだ。
嬉しい、嬉しいと体中から喜びが溢れ出る。
「イルカ先生、こっち向いてよ」
頬に触れる吐息に心臓が破裂しそうになる。
少しだけ横を向きかけるとカカシさんが顔を傾けた。
「あ・・」
(キスされる・・)
思う間に、温かな吐息が触れるように唇が重なってすぐに離れた。
突然のことに驚いてカカシさんを見つめると、カカシさんはくすっと笑ってまた顔を近づけた。
(あっ、まただ)
啄ばむように触れてから、しっかり重なる。
ぱちくりと目を開けていたら、すぐまじかでカカシさんが目を細めた。
その視線がなんだかやらしく見えて、慌てて目を閉じると口吻けは更に深くなった。
カカシさんの舌が歯の隙間から差し込まれる。
ぬるっと重なった舌に背中がぞわぞわした。
「ん・・はぁ・・」
角度を変えて唇が重なるたびに舌は違った動きで口の中を蹂躙する。
やがて、背中のぞわぞわは足にキて膝ががくがく笑った。
立っていられない。
舌を絡めるようにしてカカシさんの口の中に招かれ、じゅっと吸い上げられると膝が砕けた。
突然崩れ落ちた俺をカカシさんが支えて床に座らせた。
ようやく離れた唇に、口を開けてはふはふ呼吸を貪ると、
「イルカセンセイ、やーらし」
歌うように言って、カカシさんが俺の口の周りを拭った。
(どっちがだ!)
言ってやりたいのに唇と舌が痺れたようになって上手く動ごかない。
(カカシさんがっ!)
ぱくぱく唇で講義すると、ちゅっと正面から口吻けてカカシさんが笑った。
「ご飯にしよっか」
キスしたことなんて何でも無いように言って、カカシさんはへたりこんだ俺を居間に運ぶと作りかけの晩御飯を仕上げて卓袱台に運んだ。



text top
top