もしかしたら、帰って来たりしないだろうか・・?
そんな思いでカカシさんの消えた居間に佇んだ。
どこからかひょいと現れて、「おいで」と手を差し伸べてくれないだろうか。
カカシさんの居なくなった部屋は静けさが突き刺さるようで、自分の立てる音だけが空しく響く。
「ひっ・・・うぅ・・カカシさ・・カカシ・・さん・・・っ」
両目からだらだら涙を零して溢れ続ける痛みを止めてくれる人を待ち続けた。
いつかあなたに 11
やがて小鳥たちが囀り、部屋の中に朝日が差し込んだ。
新聞や牛乳を配達する音や朝の挨拶を交わす声が外に溢れ始める。
この部屋を置き去りにして普段どおりの日常が始まろうとしていた。
昨日までは辛うじて自分もその中に居た。
朝食を作り、カカシさんを起こして「おはよう」と言った。
だけど今日、カカシさんは居ない。
ぽかりと開いた胸の空洞にひどく空ろな気分になって、欠勤の連絡を入れために式を作った。
とてもじゃないが外に出れそうも無い。
式を放す瞬間、なにがあってもアカデミーを休ませてくれなかったカカシさんを思い出して、また涙が溢れた。
(・・ごめんなさい、でも無理です・・)
どこにもカカシさんが居ない。
その事実が俺を痛めつけて平静を装うことが出来なかった。
ひぐひぐ泣きながらカカシさんの居た痕跡を探した。
玄関に向かえば、いつもそこにあったカカシさんのサンダルは無くなっていて、また哀しくなる。
額宛も手甲もカカシさんが身に付けていたものはすべて消え去っていた。
その代わり、元々俺の家にあったもの――カカシさんが使っていたバスタオルや寝巻き代わりのTシャツは残って、それらを腕に抱えるとベッドに潜り込んだ。
頭まですっぽり布団を被るとずっとそこで寝ていたカカシさんの香りが残っていて、一緒に過ごした日々が夢じゃないと教えてくれる。
「・・カカシさん・・・」
ここだけが唯一残されたカカシさんの居た世界。
その中に繭のように包まって思い出に浸った。
思い出しては激しい哀しみに涙して、時折泣き疲れてうつらうつらした。
どろりと重い意識で沈んだ眠りの中はただ薄暗いだけで夢らしい夢も見ないまま覚醒する。
目が覚めても主を失ったTシャツとタオルがあるばかり。
せめて夢の中でカカシさんに会いたくて繰り返し眠りに落ちた。
(カカシさん・・カカシさん・・)
夢の中でカカシさんを探す。
会いたい想いが募って、夢の中でも涙が零れた。
必死になってカカシさんとの日常を思い出す。
それを再生してくれるだけでいいのに上手く出来ない。
(カカシさん・・!)
「アナタ、なにやってるんですか」
漸く聞こえたカカシさんの声にはっと意識を向けると、想いが強すぎて覚醒してしまった。
薄暗い布団の中で目を開ける。
(・・失敗した。せっかく声が聞こえたのに・・)
ぐずぐずと鼻を啜るとまた胸を押しつぶす哀しみがやってきて息も吐けない。
「あっ・・っく・・・えっ・・・えっ・・」
ひぃーっと嗚咽を吐き出した、その時。
はぁっと呆れたような溜息が聞こえて、信じられない思いで息を止めた。
よく知った気配がそこにある。
「アカデミーはどうしたんですか?仕事は休むなって何度も言ったでしょう」
(あ!!)
「カ、カカシさん!!?」
帰って来た!!
わっと泣きながら布団から飛び出した。
両手を伸ばして縋り付こうとした瞬間、硬直して動きを止めた。
きっちり着込んだ忍服と顔を隠す口布。
斜めに当てられた額宛と冷めた目で俺を見下ろす右目に、「本物だ!!」と直感が告げて布団に逆戻りした。
どうしてここに?と混乱する。
(まさか・・、まさか・・)
俺のしたことがバレたなんて思いたくなかった。
この期に及んでも俺は往生際が悪かった。
「・・なにしてるすか」
「ぎゃ」
呆れた声と共に隠れていた布団を引っ張られてますます混乱する。
「や、やめっ・・あっ!」
下から布団を捲られ、腕だけでしがみ付いていると、布団を抱えたまま体を返された。
そのままぶんぶん布団が振られ、掴まっていられずに布団を手放すと布団はぺいっと部屋の隅に放り投げられた。
身を隠すものがなくなって萎縮したままカカシさん、じゃなくてカカシ先生を見上げる。
両手を腰に当てて仁王立ちしたカカシ先生は怖い顔で俺を見下ろした。
「アナタ、なにかオレに言うことあるデショ?」
怒っている。
カカシ先生がすごく。
すべてはバレてしまったのかと観念して頭を下げた。
「ごめんなさい・・」
「違う!」
「・・・申し訳ご――」
「アンタ、バカ?誰が言い直せって言いました」
容赦ない言葉にその資格もないのに傷ついて、だーっと涙を零すとカカシ先生が繭を顰めた。
「ブッサイクな顔」
ガンと鈍器で頭を殴られた気がした。
そんなこと言われなくても知っている。
だけどあまりの言い様に、ひっ、ひっと泣き始めるとカカシ先生の手が首に伸びた。
絞め殺されるのだろうか?
カカシ先生の怒りは尤もだ。
それに優しかったカカシさんはもうどこにも居ない。
それもいいかと首を差し出すと、意に反してカカシ先生の手は首の後ろへとすり抜けた。
あれ?と思う間もなく細い髪が頬に触れる。
「あー、くそっ!頭では分かってるのに・・」
悔しさと諦めを綯い交ぜにしたようなカカシ先生の声がすぐ耳の横で聞こえる。
「こうなったら仕方ないよね・・」
俺は何故かカカシ先生に抱きしめられていた。