その日一日ぼんやりとソファで過ごしていたが、イルカが外に出掛ける事は無かった。余程落ち込んでいるのか、物音一つ立てずに部屋に閉じ籠もる。
翌日も部屋から出て来ないイルカに、カカシは外へ出た。街へ下りて、昼間から声を掛けて来た女を路地裏に連れ込んで軽く食事を済ませた。通りを歩いていると、荷車にたくさんの花を積んだ少年を見かけて声を掛けた。
「ねぇ、花を頂戴」
「いらっしゃい。どれにする?」
太陽のような金髪を揺らめかして、ニカッとカカシを見上げる。
「ん、そこのバケツに入ってるの全部ちょーだい」
色取り取りの花があったが、カカシは迷わず赤いバラを差した。イルカがスキなのは、赤いバラだけだ。なのに、少年は慌てた顔をすると、顔の前で両手を振った。
「全部はダメだってばよ。一、二本ならいーけどよ。他の花じゃダメなのか?」
「アホか、ナルト。欲しいって言ってンだから、さっさと売っちまえ。いつ来るか分からない相手に、花を置いてんじゃねぇ」
路地から出てきた黒髪の少年が、ナルトと呼んだ少年を小突く。どうやら二人で花を売ってるらしかった。
「なに言ってんだよ、サスケ! この花はイルカ先生のだぞ! 勝手に売ったりしたら承知しねぇかんな!」
「うるさい黙れ。オイ、あんた。何本いるんだ?」
「え? あれ? 『イルカ先生』ってイルカのこと? 黒髪がここまである…」
肩を指差して言えば、ぎゃあぎゃあと取っ組み合いの喧嘩を始めそうだった二人の動きが止まった。
「イルカ先生の事知ってるってばよ?」
「ウン、まあね…。君たちこそ、どうしてイルカのこと知ってるの?」
「『君たち』じゃねぇ! 俺はナルト。こっちはサスケ」
話の筋が逸れてしまう子供との会話に、カカシは辛抱強く聞き返すと、ようやく返事が返ってきた。
「イルカ先生、街に来た時は、いっつも俺たちのところで花を買ってくれるってばよ」
「ふぅん…。で、なんで『先生』?」
「計算の仕方を教えてくれたんだ。お陰で釣り銭を間違えなくなって、親方にもサスケにも怒られなくなったってばよ」
ニシシッと頭の後ろで手を組んでナルトが笑った。
カカシは自分の知らないところで、イルカが人間と交流を持っていた事に驚いた。それから中庭でバラを啄むイルカが微笑みを浮かべていた事を思いだした。この子達の事を思い出していたのかもしれない。
「なぁ、どうして最近イルカ先生来ないんだってばよ? もしかして病気なのか?」
「ちがーうよ。仕事が忙しいだけ」
「イルカ先生って、何の仕事してんだ?」
「んんー…、小説家…?」
「小説家! すげーな! だからあんなに賢いんだな!」
カカシの苦し紛れの回答を、ナルトは疑いもせず納得した。本当はどうやってイルカがお金を稼いでいるのか知らない。ただ家に籠もっていても怪しまれない職業を言ったまでだ。ナルトの尊敬の眼差しを苦々しく思った。
「おい、いつまで喋ってるんだ。そろそろ行くぞ」
「あ、うん。赤いバラ全部だったよな? 」
ナルトが振り返ると、サスケがバケツからバラを引き上げ、軽く振って水気を払うと新聞紙で包んだ。慣れたその手はあかぎれでいっぱいだ。言われた金額より多めの額をナルトの手の平に載せると、満面の笑みを見せた。
「ありがとな!」
サスケからバラの花束を受け取ると、ハッとサスケが息を飲んだ。
「ん、なに?」
「いや、なんでもない」
さっと横を向いた頬が赤くなる。そんな反応をカカシは女達を見て知っていた。
(おやおや、ませちゃって)
カカシの視線を嫌ってサスケは前に走ると荷車を引き出した。
「おい、行くぞ」
「待てってばよ」
ナルトはポケットから紙切れを引っ張り出すとカカシの手に押し付けた。
「イルカ先生に渡してくれよ」
「なに、コレ」
「しゅーくーだーいっ!」
――宿題?
紙を広げると数式が書いてあった。
「頼んだってばよ!」
元気いっぱいに手を振るとナルトがサスケを追い掛けて駆けて行く。小さくなる背を見送ってから、カカシは踵を返した。
カサカサとバラを包む新聞が音を立てた。きついバラの香りが鼻腔を塞ぐが嫌いじゃない。
これを見たら、イルカはどんな顔をするだろう?
イルカに花を贈るのは二回目だった。一度目は受け取って貰えなかったけど…。
「……」
ぶんっと頭を振って思考を散らす。
贈るんじゃない。置いてくるだけだ。イルカの部屋に。預かったメモと一緒に。花だって、ナルトから預かったことにすればいい。
(そうだ、そうしよう)
屋敷に戻ると一直線にイルカの部屋に向かってドアを開けると、シーツに潜ったままのイルカの上にバラの花束を放り投げた。枕元にナルトからのメモを落とす。そして、イルカが動き出す前に部屋を出た。
急いで階段を下りて、リビングのソファに寝そべる。
しばらくすると、イルカが部屋から出てくる音がした。階段を下りて、こっちにやって来る。イルカより先にバラの香りが届いた。イルカがリビングに足を踏み入れると、その香りはもっと強くなって、カカシは自分の心臓が破裂しそうに打ち付けるのを感じた。
「…あの、このバラ…、ナルト達に会ったんですか?」
「ああ、ウン。そう」
カカシはイルカの方を見ないで返事した。退屈そうに指先を弄って爪を弾く。
「あの、ナルト達は元気でしたか?」
「知らないよ。気になるんだったら、自分で見に行けばいいデショ」
腕を枕に背を向けると、むぅっとイルカが押し黙る気配がした。
振り返らないで眠ったフリをしていると、イルカが動いてキッチンへ消えていく。バラの贈り主について聞かれなかった事にホッとした。
パチン、パチンとバラの茎を切る音が聞こえてくる。
イルカはキッチンを出ると、中庭に向かった。窓からこっそり覗くと、イルカがバラの花びらを食べていた。口許が小さく微笑んでいる。ナルト達の事を思い出しているのかもしれないが、それでも良かった。
その日を境に、イルカが従順に抱かれるようになった。抱く間隔を縮めても、イルカは何も言わない。この前の事が懲りたのかもしれない。それともナルト達に会いたいだけかもしれない。
それでも「嫌」ばかり言われるよりずっと良い。
「あっ…ぁあっ…あ…っ」
ぐちぐちと音の鳴るイルカの中を掻き回した。
もう何度も吐き出しているから、イルカの中はカカシの精液でドロドロだった。もうお腹が一杯なのか、イルカも強請ってこない。それでもカカシは熱を引き抜く事が出来なかった。もっと、もっと、と体が求めて暴走する。
「ヒッ…あぁっ…もっ、…」
その後に続く言葉に気付いてイルカの唇を塞いだ。
「これで終わりにするから」
口吻けの合間に言うと、イルカの体から力が抜けた気がした。実際は、カカシの与える快楽に体の自由を失って、硬直していたのだが。
「あっ…ア…はぁっ…んぁっ…あぁ…」
唇を離しても、イルカが否定の言葉を口にしないのを確認して、首筋に顔を埋めた。耳の後ろに鼻を付けると、イルカの汗と匂いをたっぷり吸い込んだ。柔らかな耳朶を食んで吸い上げると、限界が近いのかイルカの中がカカシをきゅうきゅう締め付けた。
「アァッ…アッー」
(まって、まだ…)
もっとイルカの体に触れたい。胸に顔を伏せると、小さな突起を吸い上げた。堅く尖った乳首を舌先で転がして、歯先で扱く。
「やぁっ、もう…っ、カカシ、もう終わりにして…っ」
「……ウン」
仕方なく頷くと、カカシはイルカの膝裏を押し上げて、最奥まで突き上げた。
パンパンと重なる肌が鳴るほど強く突き上げると、イルカが痙攣を始めた。
「アッ…あ…あっ…あ…」
喘ぐ事すら辛いのか、イルカの声が途切れ途切れになる。手がきつくシーツを掴んで、仰け反る体を支えていた。
「イルカ、先にイってよ」
狭くなった腸壁を掻き分けて、最奥を細かく擦り上げる。
「あっ! あぁーっ!」
びゅるるっとイルカの性器から白濁が飛び出すのを見てから、カカシも腰を押し付けるとイルカの最奥に吐き出した。
ビクッビクッと震える腰が止まるまで、しっかり肌を重ねる。すべてを吐き出すと、最後に軽く腰を前後させて性器の中に残っていた分まで出した。
中から濡れた性器を引き抜いてイルカを見ると、気を失っていた。手を突いて、イルカの上に覆い被さると、頬に張り付いた黒髪を指先で梳いて除けた。
「イルカ」
疲れ切っているのか、イルカは目を覚まさない。
「イルカ…」
そっと唇に触れると、重ねるだけのキスをした。
(イルカ)
胸の奥で名前を呼ぶと、眠るイルカの体を引き寄せた。
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