街に出ると、通りをぶらぶら歩いた。行く当てなど無い。カカシの帰る場所はイルカなのだから。
 完全に頭が冷えたら帰ろうと決めて歩いていると、向こうから見知った吸血鬼達が歩いてきた。
(会いたくない)
 直ぐさま踵を返したが、向こうが気付いてやって来た。
「カカシ! なにしてるの?」
「帰ったんじゃなかったのか?」
 カカシはバリバリ頭を掻いた。目障りだ。会いたくない時ほど、どうしてよく会うのか。大体一つの街に吸血鬼が四人なんて多すぎる。
「うっさいなぁ。なんで出てくるのよ。二人で家にいたらいいじゃない」
「だって、家にはピアノがないんですもの」
「まぁ、そう言うな。奢るから付き合え」
 そんなワケで、カカシは紅と出会ったバーに連れて行かれた。


 アスマの奏でる曲に、紅がうっとり目を細めた。
「素敵ねぇ…」
「あー、はいはい」
 初めて聞いた時は上手いと思ったアスマのピアノも、イライラしていると騒音にしか聞こえなかった。ゆっくりイルカの事を考えたいのだ。上手くいってるカップルなんて見たくなかった。
 腹いせに、酔いもしない酒を何杯も飲んでやった。
「イルカがさぁ、酷いんだよぉー。もうオレのこと、嫌いになっちゃった」
 言葉にしたら、涙が滲んできた。
「やだ。酔えないのに酔っちゃった?」
 面白がった紅がカカシをツンツン突いた。
「イルカがなに考えてるかわからない…」
 言葉にしたら、イルカが遠くへ行った気がして哀しくなった。どうしたらもっとイルカと仲良くなれるのだろう…。
「カカシって泣き上戸なの?」
「ふぅ…。なにがあったんだ」
「聞いてくれる?」
 がばっと起き上がると、カカシは話し出した。家に帰ってからイルカに冷たくされたことを。
 吸血されると血に縛られるから、冷たくされると酷く辛かった。もちろん血のせいだけじゃない。そんなもんなくったってカカシはイルカがスキだ。
 イルカはカカシのすべてだった。この全てを捧げた相手に、要らないと言われたのだ。この身を切る辛さを分かって欲しい。
 イルカに否定されたら、カカシに生きる価値はない。
 そんな事を切々と訴えた。なんだかんだと言って、カカシはアスマを頼りにしていた。同じく吸血鬼をマスターに持つ立場だ。アスマなら、カカシの気持ちを分かってくれると思った。
「まぁ、なんだな。家に帰って二人で良く話し合えや」
 聞いても答えてくれないから、悩んでいるのにそんな事を言う。
「…所詮上手くいってるカップルに、オレの気持ちなんて分からないよね! 話しただけ無駄だった!」
 テーブルに突っ伏して管を捲く。その日、カカシは店から追い出されるまで飲んだ。


「うわ、酒臭ぇってばよ」
 カカシは目の下に隈を作って、ナルトかサスケが出勤してくるのを待った。手ぶらでは帰り辛い。イルカに花を買って帰りたかった。
 紅達はとっくに帰った。空はまだ暗いが、幸い花屋の朝は早かった。
「ナルト、バラの花が欲しいんだけど」
 一人でやって来たナルトにお願いするが、いつものように荷車は引いてなかった。
「花なら、今サスケが競り落としてる頃だよ」
 店のシャッターを半分だけ開けてナルトが言った。箒とちりとりを出して掃除を始める。
「ナルト、バラ…」
「俺は、酒臭ぇ大人は嫌いだ!」
 ナルトに怒鳴られて、カカシは吃驚した。
「う、うん。ゴメン」
 酒臭いと言っても全然酔ってないんだが、浴びるように飲んだから体に匂いが染みついてしまった。子供に叱られると、カカシは凄く自分が駄目な人間になった気がして凹んだ。
(だからイルカに嫌われるんだろうか…)
「カカシ!」
 とぼとぼ家に帰りかけると、ナルトが追い掛けて来た。
「イルカ先生にだろ?」
 新聞に包まれた赤バラの花束を押し付けられて面食らう。
「前にいっしょに暮らしてるって言ってた」
「あ、うん。そうなんだ」
 イルカが誰かに自分の事を話してるなんて、不思議な気がした。
(…嫌ってたら、話さないよね!)
「何か言ってた?」
「別に。カカシが宿題持ってくるのが不思議で聞いただけ」
「そう…」
 しょぼん、だ。
「…喧嘩でもしたのかよ?」
「…喧嘩…」
 あれが喧嘩と言えるのだろうか? 一方的に嫌われただけの気がする。
 一人落ち込んでいると、ナルトがはぁっと溜め息を吐いた。
「しっかりしろよ! 悪いって思ったら、ゴメンって言ったらいいんだってばよ。俺だって、しょっちゅうサスケと喧嘩してるけど、いつも謝ったら許してくれるってばよ!」
「…そうなか? 許してくれるかな?」
「あぁ、間違い無いってばよ!」
「そっか」
「イルカ先生、待ってんだろ? 早く帰れよ」
「待ってるかな?」
「ああ」
 元気が出た。とにかく屋敷に戻ったら、ゴメンって言おう。
「帰るよ。あ、お金」
「残りもんだからいいよ」
「ううん。オレがイルカにプレゼントしたいから、ちゃんと払う」
「そうか…。じゃあ、貰っとく」
「ウン」
 ――アリガトね。
 手の平に、ちょっと多めにお金を乗せると、ナルトがニカッと笑った。
「ありがとよ!」
 その笑顔は、ひまわりが咲いたみたいだった。


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