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「でさぁ、イルカったらすっごく可愛いんだよ。ジャム舐める時なんてさぁ、ビンの中に指突っ込んで。そのくせ舐める時は、すっごいエッチなんだ。もうたまんないよ!」
「お前ぇよぉ、そういう話は他所でって前に言ってなかったか?」
「バカだなぁ、アスマ。オレ達吸血鬼なんだよ? 他所でなんて話し出来るワケないじゃない!」
 きゃははーっと笑って、機嫌良くテーブルを叩くと、アスマが溜め息混じりに煙草の煙を吐き出した。その煙をカカシは指先で集めて馬の形にすると走らせた。
「お、そんなことも出来んのか」
「まぁね〜。でね、イルカの指があんまり美味しそうだったから、オレにも頂戴って言ってみたの。そしたらさぁ、イルカがね――」
「あら。カカシ来てたの」
 話の途中で帰って来た紅に、カカシは「ども」と声を掛けた。ここは紅の家だ。二人がいっしょに暮らしているのを知っているから、カカシはアスマに聞きたい事があってやって来た。
 イルカを屋敷に一人で残してきたから、本当はすぐに帰りたいけど、用件は聞きにくい事だったから、カカシはなかなか言い出せずにいた。おまけに紅まで帰って来たら、ますます言いにくい。
「イルカ様は元気?」
「『様』って言わないでよ。始祖じゃないって、言ってたデショ」
「あら、じゃあなんて呼べばいいの? 呼び捨てにすると怒るじゃない」
「呼ばなくていーの! イルカはオレのなんだから」
 二人はとてもイルカに感謝していた。なんせ命の恩人だ。特に紅はイルカを崇め奉りそうな勢いだ。
「アスマと男同士の話がしたいから、紅はあっちに行っててよ」
 人の家に押しかけておきながら勝手な言い分だが、紅は気にするでもなく、二人を見ると言った。
「いいけど…。カカシ、アスマに手を出さないでね」
「やめてよ」
「やめろや」
 二人して嫌な顔をすると、ふふっと笑って紅が別の部屋へ行った。
「何だ、話って」
 いきなり切り出されて言葉に詰まる。
「う、ウン。なんて言うの…? どうしてるのかなぁって」
「なにを」
「だからナニを」
「あぁ?」
「だからさっ! アスマが紅を誘う時ってどうしてるのかなーと思って! それだけ聞きたかったの!」
 出来るだけ軽く聞こえるように言った。ちょっと聞いただけだ。深刻な事じゃない。そんな風に聞こえるように。
「そんなこと言えるか」
「えっ、なんで?」
「紅に悪いだろうが。これは二人の間の事だから、他人に言うことじゃねぇんだよ」
「そうなんだ…」
 アスマの言葉にカカシはショックを受けた。好きな人には、そうやって大切に接する事を知った。振り返ってみれば、カカシはイルカに酷い事しかしていない。
「…なんだ、イルカを抱きたいのか?」
 人には言えないと言ったくせに、アスマは軽く聞いていた。一瞬答えないでいようかと思ったが、答えなくては答えが得られない。
「そんなのとっくに抱いてるよ。そうじゃなくて、誘い方が分からないから聞いてるんじゃない」
「は? 今までどうしてたんだ?」
「ん…、イルカがすっごくお腹空いてる時とか、無理矢理とか…」
 カカシが胸の前でモジモジと指を合わせながら言うと、アスマが溜め息を吐いた。
「じゃあ、また腹が空いてる時に抱けや」
「それじゃあ嫌なんだよ!」
 『食事』じゃ嫌なのだ。お腹が空いていない時に、恋人同士として抱き合いたい。だけど、イルカはカカシに抱かれるのを嫌がってたから、簡単には誘えない。断られるのが怖かった。
 思えば、気持ちを確かめた会ったあの時、イルカを抱けば良かったのだ。だけど二人にとってセックス=食事だったから、すぐに移行出来なかった。タイミングを逃すと、なんでもない時に声を掛けにくい。
「じゃあ、ヤリたくなった時に誘えや」
「なんて言って?」
「自分で考えろ」
「ケチ! 全身毛むくじゃらになって死んじまえ!」
「お? …吸血鬼って死なねぇんじゃないのか?」
 ニヤニヤ笑うアスマに、かーっと頭に血が上る。
「帰る!」
「ああ、またな」
「二度と来るか!」
 ドカドカ床を踏みならして紅達の家を出た。
 全く時間の無駄だった。一人になると、急激にイルカに会いたくなって急ぎ足で歩いた。
(こんなことなら、ずっとイルカと一緒に居れば良かった)
 例え抱き合えなくても、イルカの傍に居たかった。だけど思いが通じ合ってから、イルカの傍に居るとドキドキするのだ。緊張して上手く話せない。今やカカシにとってイルカは砂糖で出来たバラの花びらと同じで、ちょっとでも触れると傷付ける気がした。
 大切にしたいのだ。今までたくさん傷付けてきたから。
 ふとカカシは思い立って、バラの花を買って帰ろうかと思った。きっと喜ぶ。でも花を贈るのは怖い。初めて花を贈った時の拒絶が心に残っていて、きっと今なら受け取って貰えると思うのに、行動に移せなかった。
(それに今から街に寄るのは遠回りだ)
 そんな言い訳をしている内に屋敷に着いた。
 中に入ると、イルカは珍しくリビングに居た。ソファに座って、抱えた膝に顔を伏せていた。
「イルカ、どうしたの?」
 元気の無い様子に慌てて駆け寄ると、顔を上げたイルカはぎこちなく笑った。
「…おかえりなさい」
 ――おかえりなさい。
 そんな言葉を掛けて貰ったのは初めてだ。
「う、ウン。ただいま」
 照れながらカカシが言うと、何故かイルカが寂しそうな顔をした。
「…どうしたの?」
 無言で首を横に振るイルカにカカシはハッとした。
「もしかして、お腹空いてる? バラは? もう無いの?」
 バラを買って来なかったのを後悔しながら、冷凍庫を確認しに立ち上がると、イルカがカカシの腕を掴んだ。
「違います。お腹は空いてないです」
「そうなの…? …あの、イルカ…、いつでも言ってね」
「え?」
「だから、お腹が空いたら。その…、オレ、ガンバるから」
 かあっと照れながら言うと、意味が伝わったのかイルカの頬も染まった。だけど、イルカはつんと唇を尖らせてそっぽを向いた。
「……別に、セックスしなくったっていいです」
「そ、そう…。じゃあ、バラの花買ってくるネ」
 内心のショックを隠して、カカシは笑顔を浮かべた。やっぱりイルカは、カカシと寝たく無かったのだ。
(でも、本当にイルカが空腹になったら、抱けるのを知っているから大丈夫)
 そう自分に言い聞かせて励ましたが、イルカはその心すら打ち砕いた。
「バラなんて要りません!」
「…どうして? どうしてそんな事言うの?」
 スキだと言ってくれたんじゃなかったのか。
 花を拒絶されるのは、カカシの心を拒絶された気がして苛立った。イルカの気持ちが分からない。たった数日しか経っていないのに、もう嫌いになったのか。
 聞いてもイルカは、むいっとそっぽを向いたままで、カカシをみようともしない。このまま傍にいると、イルカに酷い事をしてしまいそうで、カカシは立ち上がって部屋を出た。
「どこへ行くんですか?」
 玄関へ向かうと、イルカの声が追い掛けて来た。
「……別にどこだって良いデショ。出掛けてくる」
「…っ」
 イルカが息を飲んだのが分かったが、カカシは無視した。答えないのはお互い様だ。そう思った時、後頭部に柔らかい物がぶつかった。柔らかかったが、勢いがあった為かなりの衝撃だ。がくんと頭が傾いで、なんだ? と飛んできた物を見れば、クッションだった。
「…なにするの?」
 理不尽な扱いに、ふつふつと怒りが沸いてくる。堪えながらゆっくり振り返ると、イルカが、
「カカシなんか嫌いだ! どこへでも行け!」
 叫んで階段を上っていく。
「このっ」
 その後を追い掛けていくと、イルカは一足早く自室に籠もった。
「イルカ!」
 ドンッと強くドアを叩くが、イルカは返事をしない。
「くそっ」
 ドアを蹴りつけると、カカシは階段を下りて外に出た。このまま屋敷にいると、イルカに乱暴してしまいそうだった。


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