街に下りると、探すまでもなく二人は見つかった。繁華街の角にある花屋で働いているのだ。以前、遅くまで店が開いていて目にしていた。
「ナルト」
 金髪の後ろ姿に声を掛けると、勢い良く振り返った。
「あっ、銀髪の兄ちゃん」
 あまりの呼び方にぐっと息が詰まる。名前を教えるか迷って、結局教えた。
「オレはね、カカシって言うの」
「カカシ? へぇ…、変な名前!」
「あのね…」
 いきなりそれはないだろうと呆れていると、ナルトの頭にゴチンと拳骨が落ちた。
「…てっ! なにすんだよ、サスケッ」
「失礼な事を言うな。オレの教育が疑われる」
「なにが教育だ! 同い年のくせに」
 ぎゃいぎゃいと騒ぎ立てる子供に、さっさと用事を済ませようと紙切れを出した。
「コレ、渡しに来ただけだから」
 じゃ、と去ろうとすると袖を掴まれた。
「イルカ先生は? 今日はイルカ先生来てないのか?」
「ん。お仕事が忙しいんだーよ」
「あぁっ! イルカ先生、小説家じゃないって言ってたぞ! 本当はなんの仕事してるんだってばよ?」
「聞いてないの?」
「ヒミツだって」
「ふぅん…。じゃあ、教えてあげない」
「なんでだよ」
「それはね…」
 声を潜めると、ナルトの耳に口を近づけた。
「君たちの命に関わるから…。ホントはね、イルカ先生探偵なんだよ。ある役人の調査をしててね、バレたら命を狙われるから、秘密なんだーよ」
「かっけー」
 声を潜めて感動するナルトの後頭部をサスケが叩いた。スパン! と小気味良い音がして、思わずカカシが吹き出すと、ナルトが「ああーっ」と声を上げて怒った。
「まだ騙した!」
「『真実を知りたければ、裏の裏を読め』だーよ」
「意味わかんねぇってばよ」
「ナルト、もういいから仕事しろ」
 二人の遣り取りを見ていて呆れたサスケに促されて、ナルトが店の奥へ戻って行く。同い年だと言っていたが、サスケは随分大人びていた。まるで子供の頃の自分を見ているようで親近感が沸いた。
「おい、アンタ。今日もバラ買っていくだろう」
 オマケに商魂も逞しい。
「いいよ。じゃあ赤いバラ全部頂戴」
 バラが新聞紙に包まれる間、カカシは店の中を見て回った。こぢんまりした小さな店には沢山の種類の花が飾られていた。足下には鉢植えまである。ミニバラの鉢植えを見つけて、カカシは足を止めた。
(買って帰れば、喜ぶだかな?)
 無意識にそんなことを考えていると、サスケがひょいと鉢を除けた。
「あっ」
 思わず声を上げて見ていると、サスケはそれを袋に詰めた。
「こっちはオマケだ。赤いバラは、店で一番高いから…」
 花束と一緒にずいっと両手を突き出す。その頬が赤いのを見て、カカシはくすっと笑った。
「アリガト。大事にするね」
「ああ」
「あーっ! サスケだけずりぃ! 俺だって、イルカ先生にあげるもんがあるってばよ」
 ナルトは店と続きになっている部屋に入ると、すぐに戻って来て、カカシに小瓶を渡した。
「これ。バラの花びらのジャムだってばよ。前に好きだって言ってたから」
(へぇ、そうなんだ…)
 礼を言って受け取るとポケットにしまった。この子は他に、イルカとどんなことを話しているのだろう。深く考えると切なくなる。
「じゃ、またね」
 両手が塞がっているから言葉だけで別れを告げると、店を後にした。
 カカシは屋敷へと戻る道を歩きながら、さっきの切なさがぶり返してきた。血の繋がったカカシより、人間の子供に気を許すイルカに、いっそ赤の他人に戻りたいと思った。だけど、もう一度あの汚い路地裏でイルカを見つけたら、カカシは同じ事をする自信がある。他の方法ではイルカの傍に居られないから。
 キツイバラの香りに混じって、ミニバラの甘い香りが届いた。淡いピンクのバラは小さく、食べても小腹も満たさないだろう。それにイルカの好みじゃない。イルカは赤いバラしか食べなかった。
 それでもこのバラを見ていると、イルカを思いだした。小さく微笑む姿が、このバラに重なった。このバラは自分で育てても良い。
(そうしよう。どうせオレからだって言っても、イルカは良い顔しないし)
 そう決めて前を向くと、さっと目の前を閃光が横切った。
 咄嗟に避けると、人影がぶつかってくる。
「紅!?」
「カカシ、お願い。アナタの血を分けて欲しいの」
 紅が手にしていたのは小型ナイフだった。穏やかじゃない。およそ人にものを頼む態度じゃなかったけど、カカシの返答を予期してのものだろう。
「いやーだよ」
 吸血鬼が吸血鬼に血を採られるなんて、屈辱以外のなにものでもない。家畜扱いされて、黙って渡せる訳なかった。
「お願い。私の血では駄目なの。このままではアスマが死んでしまうわ」
 紅の言葉にやはりそうかと思ったが、同情の余地は無かった。
「イヤだって。意味分かって言ってんの? それって、アスマって奴がオレの『子』になるってことだよ? 血が繋がるんだよ? いらないよ。あんな熊みたいなおっさん」
 嘲るつもりは無かったが、想像するとおぞぞが走って、自然と口調は荒くなった。それを聞いた紅の目が吊り上がり、怖い形相になる。あんなに美しかった紅の面影はどこにも無かった。
「それに、オレの血を使ったからって吸血鬼になれるとは限らないデショ」
 気持ちを逸らさせようと言ってみたが無駄だった。再び紅が襲い掛かって来て、躱している内にバラの花束はボロボロになって、鉢植えの袋は切れて地面に落ちた。ガチャンと音を立てて割れた鉢にカッとなる。
「いい加減にしてよ」
 持っていたバラの花束で向かってきた紅を払うと、避けようとした紅の腕をバラの棘が傷付け、赤い線が走った。血が溢れそうになるが、それは垂れる前に肌に吸収されて傷が塞がる。
 人間と吸血鬼の差を目の当たりにして、紅の体から力が抜けた。ガクリと崩れ落ちると、その目から透明な涙が溢れ出す。
「どうして私は死なないのに、アスマは死ぬの?」
 そんなことを聞かれても、カカシには答えられない。花びらが落ちて茎だけになったバラを投げ捨て、鉢植えの残骸を拾い上げた。
「紅、アンタのことは嫌いじゃないけど、オレにはどうにも出来ない。諦めてくれ」
 背を向けて歩き始めると、背後でじゃりと土を捩る音がした。
「いいえ、諦めないわ」
 振り返ると、紅の輪郭が滲んで黒い粒子に変わった。それは集まって小さな塊になると羽を生やし、コウモリの姿になった。ぱたぱたと飛んで林の中へ消えていく。男の元へ帰ったのか。
 溜め息を吐くと、カカシは再び歩き出した。


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