春一番 8



 いじいじと布団に潜り込んでいる内に陽が暮れて玄関の開く音がした。カカシさんが帰ってきて居間に入る。

「イルカセンセ?」

 不思議そうな呼びかけに応えずにもいると、寝室の襖が開く音がした。みしみしと畳が鳴って足音が近づいてくる。

「どうしたの?具合悪い?」

 優しい問いに声に涙が滲んだ。だけど布団の端をしっかり握って引き篭もる。布団を引っ張ったカカシさんはそれにすぐに気付いて手を緩めた。

「センセ?どうしたの?」
「・・なんでもありません」
「もしかして、泣いてる?」
「泣いてません!」
「じゃあ、顔見せて」
「いやです・・」
「・・・・オレのせい?オレのことで泣いてるの?」
「もうっ、ほっといてください!カカシさんは関係ありませんっ!」

 酷い八つ当たりだった。カカシさんは悪くない。だけど暴走した感情を自分でもコントロール出来なかった。
 酷く哀しい。
 カカシさんがあんな風に笑うのは、愛しげに笑って見せるのは俺にだけだと、この3年間ずっと思っていたからショックが大きかった。だけど外にいる時、他の人にそんな風に笑うところを見たことがなかったから仕方ないじゃないか。でも考えてみればいつも口布してるから見えてなかっただけなのかも。

「・・ぅ・・・ひっく」
「イルカ先生、ちゃんと訳を話して。お願いだから・・」

 弱りきったカカシさんの声に涙を拭った。拭っても後から後から湧いてきたけど。

「・・・カカシ、さんが・・っ」
「オレが?」
「テ、テレビに、出てた・・」
「あー・・見たんですね・・。スイマセン、イヤでしたか・・」
「・・・・・」

 嫌じゃない。嫌だったのはカカシさんが笑ったことだけだ。だけどそれを口にすることは出来なかった。そんなこと俺が言う権利はないから口を噤んだ。でも口を噤んだ分、悲しみが増して激しくしゃくりあげてしまった。
 ほんと、俺ってどうしようもない。

「も・・、あっち、行って・・!」

 しばらくそうっとしておいて欲しかった。気が済むまで泣いたらすっきりして、きっといつもの俺に戻れる筈だ。
 だけどカカシさんは傍に居たままで、どこにも行ってくれなかった。

「ゴメンナサイ」

 しゅんとした声が聞こえた。 

「そんなに嫌がるとは思わなくて・・。でもどうしても断れなかったんです。とても大事なお願い聞いて貰ったから・・」
「・・・お願い・・?」
「うん・・。この前イルカ先生のビール開けちゃってケンカになったでしょ?どこ探してもイルカ先生見つからないから、先にビール買いに行こうと思って酒屋に行ったんです。『春一番』って銘柄覚えてたからすぐに見つかると思ったらどこの酒屋さんにも置いてなくて、家に戻って製造元見たら『青麦ビール』って書いてあったから、オレ、麦の里に行ったんです」
「えっ!」

 俺が隠れている間にカカシさんがそんな所にまで行っていたと知って吃驚した。だってそんな短時間の間に行って帰ってこれる距離じゃない。また、カカシさんの上忍パワーの一端を見た気がして内心戦いた。カカシさんって凄すぎる。

「・・で、同じの分けて貰おうとしたら、あれはイルカ先生たちが作った物だから無いって言われて、それでもなんとかならないかって頼み込んだら社長呼ばれちゃって・・。そしたらその社長にオレ口布したまんまだったんで、「それが人にものを頼む態度か」ってすっごい怒られちゃって。でもそれもそうだなと思って顔見せたら、次のCMに出るならイルカ先生のビールはムリだけど、他の限定物のビールくれるって言うから手ぶらよりマシかと思ってOKしたんです。結果、イルカ先生喜んでくれたし、後日里を通して正式に依頼が来たんで受けたんですけど・・。イルカ先生がそんなに嫌がるならもっと他のこと考えれば良かったです。ゴメンナサイ」

 沈んだカカシさんの声を聞いて布団から顔を出した。





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