春一番 9
「俺のせいだっただ・・」
「違うよ、オレのため。オレに、必要なことだったの」
違う、俺のせいだ。俺がしつこく隠れたりしたから、カカシさんはしなくてもいい任務を引き受ける嵌めになった。隠してる顔まで出して・・。
「ご・・ごめんなさい・・」
「もぉ!違うって!・・だから言えなかったんです。知ったら絶対気にするだろうなって・・。でもオレはイルカ先生を喜ばせる為ならなんだってします。・・今回のことはイルカ先生を泣かせることになって、考えが足りませんでした。ゴメンナサイ」
ふわーっと熱くなった耳を隠すためにもう一度布団の中に潜り込んだ。なんて赤裸々に自分の気持ちを伝えてくるのだろう。
嬉しい。
俺のため何でもしてくれるなんて言ってくれる人は、きっとこの先もカカシさん以外にいない。
だから俺も自分の気持ちを伝えなくてはいけないと思った。カカシさんが誤解してるから、正直な俺の気持ちを。そんな権利がないと拒絶されても。
「・・泣いたのは、カカシさんがCMに出たからじゃ、ありません・・!」
「えっ?イヤじゃなかったの?」
「イヤでした!」
「どっちよ・・」
「お、俺が嫌だったのは、カカシさんが笑ったから・・、俺にだけだと思ったのに、俺にだけ見せてくれると思ってたのに、カカシさん、幸せそうに笑うからっ、愛しいって顔、見せたから・・っ」
口にしたら感情が高まって、また涙が出た。この悔しいという気持ちは厄介だ。我侭で勝手で、カカシさんを独占したくてたまらなくなる。それが出来なくて泣く俺は子供じみていて、馬鹿だった。
きっとカカシさんは呆れてる。
やっぱり言わなければ良かったと後悔し始めていると、布団が捲れた。あっと逃げるまもなく目が合って、視線を逸らすとカカシさんは涙に濡れた俺の顔を見てくすりと笑った。
「違うよ。イルカ先生にだけだよ」
「・・・嘘」
「ウソじゃなーよ。麦をね、こうしてぎゅーっとしたら」
こう、とカカシさんの両腕が俺を抱きしめた。
「すごくいい香りがして、お日様みたいな匂いがするからイルカ先生みたいだなーって思ったら、笑ってました」
鼻先を首筋にうずめて、くんと息を吸うからくすぐったくなって首を竦めた。
「・・俺のことを思い浮かべたんですか?」
「そうですよ。撮影の時は勝手に撮るから好きに動いていいって言われてて、そんなこと言われても何していいか分からないからテキトーに動いただけだし。指示されてあんな風に笑ったんじゃないよ?・・信じてくれる?」
信じる。
理由を聞いて俺の心は、単純にもぱあっと晴れた。布団の中から引っ込めていた手を引っ張り出してカカシさんの背に回す。
「カカシさん・・」
ぎゅっとしがみ付くとカカシさんの腕の力も強くなって嬉しくなった。宥めるように背中を撫ぜる手が気持ちよかった。
「やきもち焼いたの?」
改めて聞かれると恥ずかしくなる。しがみ付いたまま黙り込んだけど、体温が上がったから気付かれたかもしれない。
「・・CMに出たのはホントにイヤじゃなかった?怒ってない?」
「嫌じゃないですよ。どうしてそんな風に思うんですか?」
「だってオレだったらイヤだもん。イルカ先生がテレビに出て、ヤローの目に晒されると思ったらそれだけで嫉妬して憤死しそうです!絶対ダメですよ!」
「・・・・・」
変なこと言い出すカカシさんに返せる言葉は無かった。俺がCMに出ることなんてあるはずないし、出たとして、どうして見るのがヤローなんだろう・・?
カカシさんの場合はたくさんの女の人が見て、きゃあきゃあ言われて・・。
「カカシさん、モテたりしてないですか?CMに出てから女の人に言い寄られたりしてないですか?」
考えてみればそっちの心配は全然してなかった。
「しなーいよ。バレてないもん。名前は出さない約束だし、顔も普段見せてないからかえって気付かないみたい」
「でも気をつけてくださいよ!CMのカカシさん、すっごくカッコ良かったから感のいい人は気付くかもしれない・・」
「え!?カッコ良かった?」
「カッコ良かったです。俺、見ててドキドキしました」
「ふーん」
体を離したカカシさんは素早く印を結んで、ぼんと煙が上がった。現れたのは黒髪のカカシさんで、CMの中のカカシさんだった。
「わあ!」
「どう?こういうのもイルカ先生の好みですか?」
「好みって・・」
髪の色が違うだけでカカシさんとなんら変わりない。でもよく見ると目の傷が消してあって、瞳の色も黒かった。
髪の色はともかく、怪我をしていなければ、本来のカカシさんはこういう感じだったのだろう。
両方とも黒い瞳が俺を見る。
不思議な感じがして傷のない瞼に触れるとカカシさんがその手に擦り寄った。それはいつもカカシさんが甘えるときにする仕草。
だけど、なんだか違う感じがして胸の辺りがもやもやした。
ふっと悪戯めいた笑みを浮かべたカカシさんが顔を近づけた。キスされると分かって戸惑った。
(どうしよう・・。なんだか嫌だ。)
唇に触れる寸前でカカシさんの胸を押す。びっくりした顔でカカシさんが俺を見た。
(相手はカカシさんなのに・・。どうして・・?)
はっきりした理由が見つからなくてあいまいに笑うと、カカシさんは俺がふざけてると思ったのか、胸を押していた両手を掴んで枕に押し付けた。心臓がドキドキして呼吸が荒くなる。
「イルカ先生・・」
首筋に顔を埋められて、ひっと声が漏れた。視界に映る黒髪に、もやもやがはっきりとした嫌悪に変わった。
「カカシさん・・嫌だ・・」
唇が首筋を啄ばむ。腕を外して逃れようとするとカカシさんがより強く掴んだ。
「カカシさん・・っ」
きつく吸い上げられて痛みが走った。唇は首筋から耳たぶへと移り、はっきりとした愛撫に変わろうとしている。
「・・いやだ、・・・いや、嫌だ!嫌だ!嫌だー!」
泣き叫ぶとぱっとカカシさんが体を離した。
「イルカセンセ!?」
「変化、嫌です!」
すぐさま煙が上がって銀色のカカシさんが現れた。
「カカシさん・・」
「ゴメンナサイ、そんなに嫌がるとは思わなくて・・」
呆然と謝るカカシさんの膝に縋り付いてわんわん泣いた。知らない人に体を触られたみたいですごく嫌だった。バチが当たったのだろうか?カカシさんだったけど、カカシさん以外の人にドキドキしたから・・。
「ごめんなさい・・」
「なんでイルカ先生が謝るの?オレが悪いのに・・。でもちょっと嬉しいです。一番最初の時だって、イルカ先生そんなにいやがらなかったよね・・」
「・・・嫌じゃなかったから・・・」
「そっか・・」
カカシさんの手が優しく髪を撫ぜる。その後も、カカシさんはずっと俺に寄り添って背中を撫ぜてくれた。カカシさんの優しさに甘えて胸に顔をうずめる。
そんな風に傍にいて、何もしないで過ごす夜もいいなと思った。
翌日、俺を見て嬉々と走り寄ってきたよつば先生に嘘を吐いた。
ポスターは今も俺の部屋にあって、カカシさんが任務の夜は引っ張り出して眺めている(見るだけならカカシさんだから)。
ちなみに。
予想以上の売り上げに、青麦ビールからカカシさんへ青麦ビール一年分が送られて、俺たちはしばらくビールを買いに行く必要がなかった。