放課後、明日の準備をしてから帰ろうとしたら声を掛けられた。振り返れば年長組みの担任、よつば先生がいた。彼女はベテラン教師で俺に頼み事なんて珍しいなと思いながらも気軽に先を促せば、上目遣いに俺を見ながら話を切り出した。
「イルカ先生がよくビールをお飲みになるって聞いて・・。青葉ビールって覚えてますか?春に視察に行かれた麦の里の・・。最近、木の葉の里へも入荷されるようになってテレビCMもやってるんですけど、見たことあります?」 どぎまぎしながら答えをはぐらかした。その話題にはあまり触れたくない。あの日から我が家では木の葉テレビしか見なくなった。カカシさんはあまりチャンネルを変えるほうじゃないし、俺も余計な物を見てどきどきしたくない。いや、あの時のどきどきは勘違いだと思うが。
「そうですか・・。でもポスターはご覧になられたでしょう?」 あれだけ町中に張られている物を知らないと言い張るのは返って不自然かと肯定すると、彼女の勢いが増した。それを見て、彼女もこの前の朝に騒いでいた先生方の中にいたのを思い出した。確か、『ぎゅっとされたい』とか言っていた。 「そう!そのポスターのことなんですけど、今度のキャンペーンで新しいポスターがプレゼントされることになって!私、どうしてもそのポスターが欲しいんです」 俺を見上げるよつば先生の目は真剣だった。その迫力にたじろいだ時点で俺に逃げ道は残されてなかった。
「っらっしゃーい!!・・っと、イルカ先生!もうビール切れたのかい?」 ガラス戸を引くと、威勢のいい声がして思わず笑みを浮かべた。駄菓子屋と酒屋が一緒になったこの店は子供の頃からの馴染みだ。
「ええ、まあ・・。青葉ビールが欲しいんだけど・・」
嬉しくなって全開で笑うと店のおやじも笑った。今度絶対お返しをしようを心に決める。
「気になるのかい?」 店の奥を指す指の先を辿って、固まった。ちょっと心臓が止まった気がした。それから急に胸がドキドキして体が熱くなった。 信じられない!! 「普段は外に張るんだけどね、外だと勝手に持ってっちゃう人がいて・・。それで中に張ってるんだけど・・、あれ?イルカ先生・・?イルカセンセっ?大丈夫かい!?」 おやじのでっかい声に我に返った。それほど食い入るようにポスターを眺めていた。
「えっ!あっ、なんでも・・、あ、ありがとうございます!ビール、持って帰ります!」
店を飛び出した俺の背中をおやじの声が追いかけた。ビールの重さも忘れて走って帰る。こんなに動揺してるところを誰にも見られたくなかった。 「間違いない・・」 そこには青空と麦畑を背景に、麦を抱えて微笑むカカシさんがいた。
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