春一番 3



 陽の落ちた道に影は溶けて輪郭がおぼろげになる。歩くたびにビニール袋がかさがさ音を立てた。自分のアパートへ近づくにつれ、足取りは重くなる。
(なんで自分の家に帰るのに、こんな気まずい思いしなくちゃいけないんだ)
 いつもはもっと楽しいのに、と思えば自ずとその答えは出た。

 考えてみれば、カカシさんはそんなに悪くなかった。

 本人に悪気があった訳じゃなし、それ以前にビールは手前から取ってくれと頼んだのは俺だ。カカシさんは俺の言うとおりにしてくれただけで・・。そりゃあちょっと蔑ろにされたけど、そんなの俺の方はもっとだしその辺はカカシさんを責められない。それなのに一方的に怒ったりして・・。
 カカシさんはどう思っただろう・・?理不尽なこと言われて怒っただろうか。
 あっさり帰ってしまったカカシさんのことが気に掛かった。いつもはもっと探してくれるのに。
 もう俺に愛想尽かしたかもしれない。
『キライになりますよ』
 あの時のカカシさんの口調を思い返した。

 あれは本気で言ってたのだろうか・・?



 ゆっくりゆっくり歩いてアパートへ向かった。あと一つ角を曲がればアパートが見える。そこから出てくるカカシさんを思い描いた。実際には誰も出てこなかったけど。
 角を曲がって、人影を見つけて足を止めた。
 誰かいる。
 塀に凭れて立つ、よく見慣れたシルエット。人影は、すぐに俺に気づいた。

「イルカセンセ!」

 こっちに向かって走ってくるカカシさんから視線を逸らした。斜め下を向いて顔を逸らす。

(ちくしょう、嬉しいじゃねぇか!)

 心の中で飛び跳ねて、カカシさんが傍に来るのを待った。

「イルカセンセ!、ゴメンネ!ゴメンなさい!オレ、ぜんぜん知らなくて・・。イルカ先生が作ったビールだったんですね・・。同僚の人に聞きました。それなのに・・勝手に開けてたりして・・。本当に、ゴメンなさい」

 あまりに深く謝るカカシさんにビックリしてしまった。俺だって悪かったのに。

「お、俺の方こそごめんなさい!カカシさん、疲れてるのにしつこく言ったりして・・。カカシさん知らなかったのに・・、悪くないのに責めたりしてごめんなさい!」

 俺も頭を下げるとすぐに引き戻された。

「そんなことないです、オレが悪かったんです。ちゃんと確かめなかったから・・」
「そんなの悪くないです!俺がいけなかったんです!俺がうっかり手前に置いたから・・」
「イルカ先生・・!」
「カカシさん!」

 ひっしと抱きしめられて力が抜けた。やっぱりこの腕の中は気持ちがいい。安心しすぎてくったりするとより強い力で抱きしめられた。俺も袋を下げた手をカカシさんの背中に回す。

「カカシ・・さん・・」
「イルカ、せんせい・・、キライになるなんて冗談だったんです。そんなことあるはずないのに。・・でも、なくても言ったらダメでした。ゴメンネ」
「俺だって・・。カカシさんのこともう知らないなんて嘘です。いつだってカカシさんのこと考えてます」
「イルカセンセイ・・」

 腕が緩んで体を離したらカカシさんと目が合った。俺はいそいそと買ってきた袋を広げてカカシさんに見せた。

「カカシさんに食べてもらおうと思って魚買って来ました!秋刀魚じゃないけど、カカシさん焼き魚好きでしょう・・?」
「え、あ、・・うん・・」

 何故か少しだけ困ったように笑ってカカシさんが俺の手を引いた。

「もう、おうちに入りましょう」
「はい・・」

 もっと嬉しそうな顔が見れると思ったのに、見れなくてちょっとがっかりした。でも手を引いてくれるカカシさんの手が温かいからすぐに気にならなくなった。
 カンカンと甲高い音を立ててアパートの階段を登る。駆け上がるように上るカカシさんに引っ張られながら二人一緒に部屋に帰って来られたことにほっとした。
 ドアが開くとカカシさんは俺を先に中に入れた。すぐにドアが閉まって、靴を脱ぎながら明かりのスイッチを探していると、どんと壁に押し付けられた。

「えっ?カカ・・んっ!」

 いきなり深く重なった唇に慌てふためくが、貪る様に絡まる舌に意識が遠のいた。力が抜けて手から袋が落ちる。

「ん!ん!」

 足の間に割り込んだ膝で股間を刺激されて甘い声が漏れた。瞬く間に欲が膨らんで膝が震えた。

「あっ、カカシさん・・」
「だまって・・」

 腰を抱かれ、ぐっと引き寄せられると下肢にカカシさんの熱が触れる。かあっと顔が火照った。

「お願い、イルカセンセ、今すぐシたい・・。抱かせて・・」

 熱っぽく囁かれて瞳が潤んだ。こんな情熱的に誘われたのなんていつぶりだろう・・?ドキドキしながら頷くとカカシさんが荒っぽく俺の唇を塞いだ。





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