春一番 2
事の始まりは家を飛び出す数分前に遡る。
今日の俺はすこぶる付きで機嫌が良かった。それもそのはず、ずっと楽しみにしていたビールがやっと届いたのだ。
ただのビールじゃない。俺が作ったビールだ。
と言ってもアカデミーから麦の里に視察に行ったときに研修の一環として作らせて貰ったものだから、他の教師と一緒に作ったのだが。
とにかくそれは俺が生まれて初めて作ったビールで出来上がりをとても楽しみにしていた。工場で作ってから醸造に二ヶ月。今か今かと待ち望んだ。やっと届いたそれは皆で分けたから一人一缶しか手元には回ってこなかったけど、それで十分だった。カカシさんと半分こして飲めばいい。俺もカカシさんもビール好きだ。カカシさんがどんな反応するか楽しみだった。
アカデミーが終わった俺は喜び勇んで家に帰った。早速冷蔵庫に入れて冷やす。カカシさんが任務から帰ってくるのは夜だったから、きっとそれまでには冷えるだろう。そう思って俺は風呂に入った。今日は初夏並みに暑くて汗を掻いたから。シャワーを浴びながら考えたのは冷えたビールのこと。きゅっと喉を通る炭酸と苦味を思い浮かべて喉が鳴った。
そして。
風呂から上がって着替えた俺は無残にも空けられたビールを発見した。リングプルが開けられて、流しに置かれた缶に目が釘付けになる。近寄って、持ってみたらまだたっぷり中身はあった。
「どうして・・?」
居間を見ればつま先が見える。ととと、と寄って居間を覗けば寝そべったカカシさんがいた。
「あ、イルカセンセ、ただーいま」
「お、おかえりなさい」
こっちを見てにっこりしたカカシさんの視線はすぐに手元の雑誌に戻った。開いているのは『月間イルカチャパラ』。カカシさんが毎月買ってる月刊誌だ。カカシさんはそこに少しずつ掲載されるイチャパラシリーズを楽しみにしていた。
「カカシさん、あの・・」
「んー、ちょっと待ってね。すぐに読んじゃうから」
「いえ、あの、流しに置いてあったビール・・」
「あー、ゴメンネ。喉乾いたから飲んだらまだ冷えてなくって・・。新しいの開けちゃいました」
雑誌に意識を持っていかれたカカシさんは半分上の空で応えた。そのくせ傍にあった、いつも買い置きしているビールに口を付けると上手そうに喉を鳴す。
「カカシさん・・!」
「お願い、ちょっと待って」
文字を目で追いながらカカシさんが言う。前は、付き合い始めた頃なんて俺が話しかけたらすぐにこっちを向いてくれたのに。3年経ったら俺の話より雑誌の方が大切なのか。楽しみが消えたショックと粗末な扱いに気持ちが捻じ曲がった。カカシさんと一緒に飲むのをすっごく、すっごく、楽しみにしていたのに・・。
「・・・おいしかったですか?」
「え・・?」
「ビール、さっきカカシさんが開けたやつ・・」
「・・・・・」
カカシさんの眉間に皺が寄った。答えなんて聞かなくても分かる。旨いわけない。冷えてないビールなんて、まずいだけだ。
「俺のビールだったのに・・。」
「あー・・、ごめんね?また買ってくるから・・」
「・・売ってません!・・楽しみにしてたのに」
「もぉ・・ゴメンって。あんまりしつこく言うとキライになりまーすよ?」
「!!」
なるんだったらなりゃあいいんだ。なんだよ、カカシさんなんて。俺だって知るか。