「嫌いで結構。俺だって、カカシさんなんてもう知りません」

 そう言って部屋を飛び出せば、のんびり寝そべっていたカカシさんが跳ね起きた気配がしたけど、全力で走ってカカシさんから逃げた。




春一番 1



「イルカセンセーっ、イルカセンセー!」

 遠くで名を呼ぶ声が聞こえる。最初は静かに辺りを見渡していたカカシさんが、必死の形相で名前を呼び始めるのを俺は木の陰に潜んで見ていた。

「イルカセンセー!!」

 声が近づいてくる。見つかる前に移動した。今度は寺の縁側の下に潜り込む。たとえ相手が上忍でも、相手を知り尽くしていれば口喧嘩とかくれんぼには負ける気がしない。俺は姑息にカカシさんの後ろ後ろと回り込んで姿を隠した。
 通り過ぎたカカシさんの後姿にふんと鼻を鳴らして顔を背ける。

(俺は、悪くない・・)

 ぎゅっと唇を噛み締め視線を戻すとカカシさんが印を結んだ。ぼふんと煙が上がり足元に忍犬が現れる。何事かを指示してさっと振られた手に、忍犬たちは耳の後ろを掻いたり、欠伸をすることで応えた。
 当たり前だ。
 前に同じことをしたときに、今度忍犬を使って俺のことを探したら嫌いになるとカカシさんにも忍犬たちにもちゃんと言った。忍犬を使うなんてずるい。カカシさんが悪いんだから、カカシさんが俺の事を探せばいい。
 ・・・だけど。
 それでもなお、忍犬たち呼び出さずにはいられなかったカカシさんの気持ちを思うと胸が痛くなった。
 いっこうに動き出さない忍犬たちにカカシさんが地団太を踏む。しぶしぶ動き出した犬たちが去ると、カカシさんだけがぽつんと立ち尽くした。

(・・・カカシさん)

 腕に顔を伏せて視線を逸らす。しばらくするとふんふんと鼻息が体をくすぐった。冷たく湿った鼻が頬に押し付けられる。

「・・・俺は悪くない」
「分かっておる。じゃがほどほどで許してやってくれ。哀れで見ておれん」

 あまりの言われように視線を上げると目の前いっぱいにパグの顔が広がった。ふんがふんがと息を吹きかけられ目を閉じると、他の犬たちが割り込んできて競うように顔を舐めた。

「わっ、くすぐったい」

 べろべろに舐められて静かに笑った。一頻り舐めて気が済んだのか犬が顔を離す。聡明で澄んだ瞳に見つめられると心が和らいだ。

「ありがとう、パックン。みんなも・・」
「よい」

 ぱたぱたと尻尾を振って犬たちが去っていく。カカシさんの元へ戻った彼らが俺のことを言わなかったのは、彼らが消えた後、しょんぼりしたカカシさんに見て取れた。

(そろそろ出て行こうかな・・)

 だけどこういうことはタイミングが難しい。それにずっとここにいたらカカシさんが見つけてくれるだろうと隠れて待つことにした。しゅたっと飛んだカカシさんに心臓がドキドキする。

(見つかったらどんな顔しよう・・)

 だけど、いくら待ってもカカシさんは来なかった。一時間待って、二時間待った。やがて陽が暮れて、ようやく俺は縁側の下から這い出た。足元に長い影が地面に伸びる。服に付いた泥をぱたぱた叩き落とした。念のためもう一回。

「・・・・・・・・・なんだよ」

 呟きは広い境内に吸い込まれた。
(カカシさんなんて)
 本気であんな人もう知らない。
 じっと地面を睨み付けていると腹が鳴った。ちょうど夕飯時だ。馬鹿馬鹿しくなって夕飯の買い物に行った。

 カカシさんの分なんて絶対買うもんか。








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