春 9





 ぽつん、と一人、林の中に取り残されて暫し呆然と佇んだ。上を見上げれば、生い茂った木の葉が夜空を覆うばかり。
 カカシさんの気配はどこにもない。
「・・・なんなんだ」
 ふつふつと体の底から怒りが沸いて来て地団太を踏んだ。
「言いたいこと言いやがって!」
 それが済めばいなくなって。
(どこまで勝手なんだっ!)
 山道を降りながら、引っこ抜いた笹で辺りに当り散らした。物に当たるのは好きじゃないが、そうでもしないと抑えきれない怒りで喚く。喚き散らす。
(なんだよ!俺が悪いみたいに。)
 カカシさんが行こうって言ったからついていったんじゃないか。行き先聞いても教えてくれなかったくせに。
 それを『無防備』って!
 普段何にもしないくせに誰が突然あんなことするなんて思うんだよ。警戒しろって言う方が無理じゃないか。
 しかも力で押さえつけられて抵抗出来なかったのがますます悔しい。あんなに力の差があるとは思ってもみなかった。差を思い知らされて、ひるんで泣きそうになった自分が腹立たしい。
「くそっ」
 握っていた枝だけになった笹を捨てると全速力で走った。
 何も考えたくない。
 走って全部忘れたかった。



 暗い部屋に明かりを点ける。
 もし先に帰ってたら、けちょんけちょんに言い返してやろうと思ったのにどこにもいない。
 風呂の入るのも面倒で着ていた服を脱ぎ散らかすとパジャマに着替えた。そのまま明かりを消すとベッドに転がる。肉体的、精神的に疲れて、ぐったり体を布団の上に投げ出し目を閉じた。
 何も考えたくなくて意識を遮断して眠ってしまおうとするが、――否応無く思い浮かぶカカシさんの顔。消しても消しても出てきて、「考えて」と繰り返す。
「うるさいっ」
 苛立って枕を壁に叩き付けると布団の中に潜り込んだ。
 「考えて」ってなんだ。今更なに言ってんだ。
 考えるも何もとっくの昔に答えが出てる。
 付き合わない。
 数ヶ月前のあの時、そう言った。
 カカシさんと話すのは楽しかったけど、そう言う意味では傍に居れない。誰かの特別なんてなりたくなかった。
 今までのように飲みに行ったりして一緒に時間を過ごすことが無くなるのは淋しいけど、カカシさんがそういうつもりだったのなら仕方がない。そう思ってきっぱり断ると、カカシさんが黙り込んで、それから「わかりました」って。カカシさんもちゃんとそう言ったのに。だから一緒に居れたのに。それなのになんだ。信頼を裏切るようなことして。
 カカシさんなんかもう知らない。もう会わない。今度会ったらちゃんとそう言う。

 行くつくところに収まった結論に満足して目を閉じる。だがいっこうに訪れることの無い眠りにごろごろ寝返りを打った。
 どうにも寝にくい。
 枕のせいかと投げ飛ばした枕を拾い、頭を乗せるが、――どうも違う。寝やすい姿勢を探して寝返りを打っているうちに、ぴたっとくるものに当たったが・・・。
(どうして・・・?)
 横向きで体を少し後ろに倒すような姿勢。それがどういうわけか心地良い。
(こんな姿勢、疲れるだけなのに――・・。)
 そこではた、と思い当たった。後ろで体を支える存在を。
(くそっ、ヘンな癖つけやがって)
 体を丸めてギュッと目を閉じる。
「くそっ・・・くそっ・・・」
 一向に訪れない眠りに悪態づいた。



 会わないと決めたからかどうなのか。
 煙を上げて消えたあの日からカカシさんが俺の前に姿を現さなくなった。
 最初のうちは身構えていた。答えを、と言ったからにはその返事を聞きにくるだろうし、カカシさんのことだ。そのうち何でもないような顔でひょっこり現われそうだと思っていた。
 ところが2日、3日と経っても姿を見ない。
 3日も経てば怒りも消える。もともとそう長く誰かを怒っていられる性質でもない。家に来ないとかアカデミーで見かけないのはまだしも、受付でも会わないのは変だ。さすがに心配になって報告書を調べたら、あった。上忍としてではなく上忍師としての報告書が。どれも俺が受付にいない間に提出されている。
(なんだ。避けられてたのか。)
 もしくはいつまで経っても靡かない俺に飽きたのか。
 どちらにしてもカカシさんが俺に会う気が無いということは変わらない。
 仕方が無い、ただそう思った。
 遅かれ早かれこんな日は来たのだから。


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