春 8
なんであんなことするんだよ。
何事も無かったように弁当を食べるカカシさんに腹立たしい気持ちが沸きあがる。
(ほんとだったらもっと穏やかな気持ちでここにいられたのに。)
と、思っても口には出さない。余計なことを言って、さっきの事を蒸し返したくない。
友達の関係を望んでるのは俺だけだなのかも知れないが、あれから、――告白を拒んでからカカシさんの冗談以外の気持ちを聞いたことは無い。今のカカシさんが俺のことをどう思ってるのかは知らないが、断っても傍にいるってことは何もしないって事を了承してくれてるってことじゃないのか。それなのに――・・。
「食べないの?」
「食べます」
じっと弁当を睨み付けているとカカシさんが不思議そうに覗き込んでくる。何時も通りなのが小憎たらしい。
むすっとしたまま弁当の蓋を開けてご飯を口に運んだ。無言のままガツガツ食べて、それでも一個目の弁当を食べ終わる頃には不思議と気持ちが落ち着いていた。少し腹が満たされたせいか、先ほどまでのイライラが無くなっている。
(俺、思ってたより腹が減ってたのかな・・・?)
だからさっきあんなにも腹立たしく感じたのだろうか?
よくよく考えてみれば、手を繋いだり、一緒の布団で寝たりと、あれ位のスキンシップなんて日常茶飯事だった。
「イルカセンセ、お茶飲む?」
「はい、・・・ありがとうございます」
差し出された水筒を素直に受け取った。口を付けて水筒を傾けると冷たいお茶が喉を潤す。
(やめよう。こんなところで怒るなんて)
せっかく綺麗な場所に連れて来て貰ったのに、それを台無しにしたくない。
「ありがとうございます」
「うん」
ぎこちなく笑って水筒を返せばカカシさんは気にした風も無く受け取った。
(気にするもなにも――)
カカシさんにとって先ほどのことはあまり意味がなかったのかもしれない。何時もしていることに俺が過剰に反応して勝手に怒っただけで。
気を取り直して2個目の弁当の蓋をとる。隣から香ってくるいい匂いにカカシさんのお弁当を覗いて見れば焼肉弁当だった。
(あ、いいな)
同じものを2個も買ったことが悔やまれる。
「かえっこしよっか?」
「!・・い、いいです!」
じっと見ていたことがバレて気恥ずかしい。
そんなに物欲しそうに見ていたのだろうか。
「あ!」
内心の動揺を隠して箸をつけようとしたら、ひょいと弁当を取り上げられた。代わりにカカシさんの焼肉弁当が手の上に乗せられる。
「だってイルカ先生すっごい美味しそうに食べてるんだもん」
そう言うと、豚肉でご飯を巻いてぱくっと口に運んだ。
「おいしい」
にこにこしながら付け合せの野菜炒めまで食べてしまう。
「あ・・じゃあ・・お金・・・」
「いいよ、そんなの」
「でも・・」
「いいから」
カカシさんの方が多くお金を払っていたような気がする。それに豚と牛を比べたらどう考えても牛の方が高いはず。
そう考えてぐずぐずとお弁当を見ていると、くすっとカカシさんが笑う気配がして柔らかいものが頬に触れた。
――え?
それはすぐに離れ、風が吹くとそこだけスーっと冷たい。
ゆっくり反復しながら今の出来事を脳に浸透させて、
(ち、ち、ちゅうしやがった!?)
至った結論にかーっと顔に血が集まった。
ここは怒るべきか、どうなのか。今までこんなことがあったかと考えるが、無かったかもしれない。
(一体、どういうつもりで!?)
カカシさんを伺いたいが顔が見れない。
何かを言おうと口を開くがぱくぱくするだけで言葉が出ない。
第一なにを言っていいのやら。
(う・・あ・・わ・・)
考えても頭の中は意味を成さない言葉が出てくるばかり。
――はぁ。
諦めて焼肉を食べた。怒っても仕方ない。
(きっとこれも――・・・。)
お弁当を食べ終わるとカカシさんは満足げに目を閉じて木の根を枕に寝そべった。カカシさんの体の上に花びらが一枚、また一枚と降り積もる。
どれくらいの間そうしていたのか。
(そういえば。)
「カカシさん、任務はいいんですか?」
「んー?」
「任務」
「今日は任務なんてないよ?」
「そうだったんですか・・・」
だったらどうして・・・?
考えかけて止めた。
たまに外でのんびりするのも悪くない。
ゆったりと木に背を預けて上を見上げる。波打った花びらが風に遊ばれながら落ちてくる様は見ていて飽きない。
隣を見ればカカシさんは眠っているのか結構な量の花びらが降り積もっている。おかしな話だがカカシさんはこういうのが似合う。花びらを寝床に眠る様はお世辞抜きで綺麗だ。御伽噺の主人公を見ているようで切ない気持ちにさせられる。
またひらひらと落ちてきた花びらがカカシさんの髪に絡むのを見て、取り除こうとした時だった。伸ばした手をギュッと捕まれ、心臓が止まりかけた。
「すいません。花びらが髪に落ちたから取ろうと思って・・・」
いい訳じみた言葉を吐いて手を引っ込めようとするが、カカシさんの手は離れない。
「カカシさん・・・?」
困って強めに手を引くとカカシさんがそろっと体を起こした。胸や肩にあった花びらが落ちるのを微かに笑って見送ると握る手を強くした。
「ね・・イルカセンセ。そろそろ真剣に考えてくれませんか?オレのこと」
真摯な目で見つめられて返答に窮する。
「真剣にって何を・・・」
「オレと付き合うってこと」
「それはもう・・・」
断ったじゃないですか。
俺はまたあの言葉を口にしないといけないんだろうか。
「ねぇ、考えてみてよ。何が違うの?一緒に暮らして、一緒に過ごして、付き合ってないのと何が違うの?」
(何が違うって・・・そんなの・・・そんなの・・・)
「カカシさんがそう思うんだったら・・・いいじゃないですか。今のままで・・」
今のままでもカカシさんがそう思えるのなら・・・俺はそれでかまわない。
「ウソ。オレ達が付き合ってないことなんてイルカ先生が一番良く分かってるくせに」
ずるい答えだと解って逃げた言葉はあっさりカカシさんに覆された。
あっと思ったときには視界が反転していた。地面に押さえつけられて身動きとれなくなる。
「オレの事キライ?キライじゃないよね?」
唇に吐息が触れるぐらいカカシさんが顔が近づく。上半身に圧し掛かれ、これでもかというほどカカシさんを近くに感じる。
「やめてください・・・」
自分でも驚くほど弱弱しい声が漏れた。
「どうして?だったらどうしてこんなとこまでついてくるの?誰も人が来ないようなところに。オレがなんにもしないとでも思った?」
「やめてください」
「さっきだって抱きしめても、キスしてもなんにも言わなかったくせに」
「やめてください!」
泣き声のような声でみっともないと思ったら目尻から涙が零れた。
すっとカカシさんの体が離れて、――思い切り突き飛ばすとカカシさんが尻餅をついて後ろ手に手をついた。体が離れた隙に視界の悪い目をぐいっと袖で拭い来た道を探す。
「待ってよ、イルカセンセ」
嫌だ。もう傍にいたくない。
声も聞きたくなくてカバンを手に取ると走った。
(あんなこと言うなんて・・・!)
裏切られた。
そんな思いが胸を裂く。
悔しくて、悲しくて、ただ闇雲に走っていると何かに足をとられた。
「あっ!」
大きく蹴躓いて衝撃に備えていると、ぐっと胴を抱えられる。
「もう・・・危ないなぁ」
「はっ、離せっ」
「はいはい。離すから落ち着いて?」
呆れたような落ち着き払った声で言われて情けなさが募る。
「離せって、離せっ!」
「もう何もしないから。一緒に帰ろ」
ぎゅっと握られた手は払っても振りほどこうともがいても離れない。
半ば俺を引きずるようにしてカカシさんが歩きだした。
やがて里の明かりが見え始めた。
山を降りる間、カカシさんは一言も口を利かない。それでも何も無かったというには重い空気が互いの間を流れる。
「どうしてですか」
沈黙に耐え切れず、口を開いたのは俺の方が先だった。
「んー?」
カカシさんは振り返らず声だけで聞き返す。
「どうして今のままじゃ駄目なんですか」
今までだっていい関係だった。楽しくやれてた。
どうしてそれじゃ駄目なんだ。
「イルカ先生は時々ほんと無防備で嫌になる」
問いかけとは関係ないことを言ってカカシさんは立ち止まった。
「なに言って・・・」
はぐらかされているようで、思わずかっとなり、振り向かせようと掴まれた手を強く引いた。
だが振り向いたカカシ先生は落ち着き払った目をしていて、そこに誤魔化しは感じられない。
「オレはね、イルカ先生」
一歩、カカシさんが近づくのに後ろに下がろうとして、手を引かれる。縮まる距離に、真っ直ぐ見据える目に視線をそむけようとすると頬に手を添えられた。顔を上げさせられて見つめ返すカカシさんの視線は思いのほか優しい。
「誰かにイルカ先生が言い寄られても何も言えないなんて、そんなの嫌なんです。」
「そんな物好き、いませんよ」
「いたじゃない。筍上忍とか」
「あれは別にそんなんじゃ・・。それにあの時はカカシさん、口を挟んだじゃないですか」
「んー・・そうだけど・・ほんとはオレ、そんな資格ないデショ?」
「この先、イルカ先生が誰かを好きになっても、オレは黙って見てないといけない。そんなのはね、イヤなんです。オレの言ってること解る?」
「そんなの・・・」
わからないよ。
いつだって好き勝手やって、勝手に俺の生活の中に入ってきたくせに。
どうして今更そんなことをいうのか。
「だったら考えて。オレのこと必要かどうか」
――そして答えを聞かせて。
それだけ言うとカカシさんは煙を上げて、消えた。