春 7
「散歩にいきませんか?」
アカデミーを出ようとしたところで、門の影からひょっこりカカシさんが顔を出した。銀色の髪を夕日が紅く染めて目に眩しい。
とりわけ帰ってからすることはない。
「いいですよ」
その辺を歩くぐらいかな、と快諾するとカカシさんが目を細めた。
「お弁当買っていきましょう」
通りかかったお弁当屋さんの前でカカシさんが言い出した。
「お弁当?」
――そんなに遠くへ?
それとも今日はうちに来ないつもりなのか。
考えてるうちにカカシさんはメニューを見て弁当を2つ注文した。
どうやらしっかり食べるらしい。
(このあと任務でも・・・?)
「イルカ先生は?」と聞かれて、慌ててメニュから生姜焼き弁当を2つ注文した。
帰ってから一人分の夕食を作るのは面倒だ。カカシさんが来ないのなら一緒に済ませてしまおう。
「どこいくんですか?」
弁当が出来上がるまでの間に聞いてみたが、
「いいところ」
どこか思わせぶりに笑う。
行き先を教えるつもりはないらしい。
ビニール袋をガサガサ言わせて山道を登る。陽はとっくに暮れ辺りは暗い。月の明かりも届かないような道をカカシさんの背を頼りに歩いていく。
一体どこに行くつもりなのか。
行き先のはっきりしないところについて行く自分も自分だが、教えてくれないカカシさんに不満が募る。
いいところ、なんて。
それをすんなり信じて期待するほど真っ直ぐな人間じゃない。物語でもなんでも、『いいところ』の行き着く先なんて大体決まってる。
『いいところ』と連れて行かれた先で捨てられたり、『いいところ』で遊んでる内に気づけば一人ぼっちになっていたり。そんなもんだ。
行き先がどこであれ、カカシさんに置いてけぼりを食らっても一人でも帰れるからいいけど――。
不意にカカシさんが振り返った。ちゃんと俺がついてきてるのを確かめると片方だけ出てる目を細めて笑う。
(・・・いつものカカシさんだ。)
なのにどうしてこんなことばかり思い浮かぶのだろう。
「イルカセンセ、そこ気をつけて。木の根が張り出てるから」
「はい・・・」
足場が悪く、根を跨ごうと木の幹へと伸ばしかけた手をカカシさんが掴むと上に引っ張り上げた。
(一人で大丈夫なのに)
暗くてもちゃんと見えてる。中忍だし、このぐらいでこけたりしない。
「あともうちょっとで着くから」
「・・・・・・・」
「ごめんね、こんなとこまで。仕事の後で疲れたよね」
「いえ・・・」
口数少なく黙り込んだ俺を疲れたと勘違いしたのか、そのまま手を引いて歩き出す。
別に疲れてた訳じゃない。気恥ずかしかっただけだ。カカシさんが俺のことを壊れ物みたいに扱ったりするから。
「着いたよ」
と、言われても・・・。
辺りは何もなくただ木が茂るばかり。ほんの僅かに何かが香る気もするが――、微かすぎてそれが何かまではわからない。
「なんですか?ここ」
「ん、ちょっと待ってね」
チャクラを練る気配がしたかと思えば、ぱっと光が生じた。暗闇に慣れた目にその光は強すぎて手を翳す。
カカシさんの手の平の上に浮かび上がる青い光珠。それがすぃと手の平から離れると辺りを飛翔する。ぎゅっと指先を強く握られ何事かとカカシさんを伺えばにこにこするばかり。訳が分からず眉を寄せるとカカシさんの視線が促すように前を向いた。
「あ・・・」
見ている先で光の珠が一つから二つ、二つから四つへと分かれ枝の間を泳ぐように掻い潜り、暗闇から浮かび上がらせる。その枝の先には、白い花びらをたくさんつけた丸い綿菓子のような花がいっぱい――、いっぱい。
「わぁ・・、桜ですか?」
「うん。すごいデショ?」
「すご・・い・・」
「前に約束してたでしょ、花見に行くって。」
――覚えてくれてたのか。あれから何も言わないから、もう忘れてしまったのかと思っていたが。
「・・・ありがとうございます」
もっと近くで見たくてカカシさんを引っ張った。枝の真下までくると花の柔らかい香りに包まれる。
「いい匂い」
手を伸ばして花に触れると冷たい花びらが幾重にも指先に当たる。
木を見上げると、枝は抱えきれない花に腕を弛ませるように広がり、時折吹く風に花びらを預けては揺れる。その花びらがさらさらと風に流れては、まるで雪が降るように降り注ぐ。
じっと見ていると花びらに吸い込まれそうなほど。
あまりにも神秘的な光景にざわっと肌が粟立って体が震えた。
「イルカ先生、寒い?」
目の前の光景に言葉を失ってただ首を振ると、背後からカカシ先生の腕が体に廻った。ベストから出た腕を覆うようにカカシ先生の腕が覆う。冷えた体を温めるように。
「カカシさん・・・」
体を伝う熱に、はっと現実に返って気まずい思いで立ち尽くす。
覚えがあるこの雰囲気。
一番最初に告白された時こんなだった。
(どうしよう・・・)
何も言わないで欲しい。
考えすぎかもしれないが――ここでカカシさんを拒む言葉を言いたくない。
それとなく体を離そうとするが腕を捕まれ引き戻された。そのまま閉じ込めるように強く抱きしめてくる。首筋にカカシさんの髪が当たる。
(どうしよう)
早鐘を打つ心臓が痛い。
「イルカセンセ・・・」
いやだ。聞きたくない。
いやだ!
捕まれた腕を振り解こうと力を込めるがびくともしない。それでも力を込めると――ぐうっと腹が鳴った。カカシさんが動きを止めると、更にもう一回。
ふっと首筋に息が掛かる。そのまま小刻みに震えて、
(な、なんだよ)
「イルカ先生、お腹すいてるの?」
堪えきれないというようにカカシさんが噴出してクツクツ笑う。
「空きますよ!お昼から何も食べてないんだからっ、仕方ないでしょう!」
怒鳴って言い返せば、カカシさんの腕が緩んだ。
「うん、そうだね。お弁当食べよっか」
桜の根元に座ってお弁当を広げ始めるカカシさんに、そっと息を吐いた。
(よかった。空気が流れて)
安心しすぎてへたり込みそうだ。
「イルカ先生もこっち座って。お弁当たべよ?」
いつもと変わらないカカシさんに警戒しながらも横に並んだ。