春 4
真っ直ぐ行けば自分の家。左に曲がればカカシ先生の家。
「どうしよう・・・」
アカデミーの校門を出た所で立ち止まった。
謝るなら早い方が良い。昨日の言い方は悪かった。カカシさんもいけなかったが悪気があった訳じゃない。
だが、そう思ってもなかなか足が進まない。
沈みきらない太陽に細長い影が道に伸びた。
「にいちゃん、寄ってかないかい!」
威勢良く声を掛けられて視線を向ければ、通りを挟んだ向こう側に露店が一つ。カカシさんとの事に決心がつかないまま、真っ直ぐ進んで店に向かった。
大きなパラソルを広げた下におじさんと木箱が2つ。
アカデミーの周辺で出店など商いは禁止されてるが、通りを挟んだ向こうの道までは規制しない。だから時折、子供の財布の中身で足りるぐらいの商いで――飴細工や、水風船、ひよこなど――小さな店が出る。
俺も小さい頃お世話になった。懐かしさに今日はなんだろ?と箱を覗き込めば、中身はみちりとハムスターが小さな体を寄せ合って箱の隅っこにかたまっていた。
「へー・・今はこんなのも売ってるんだ」
「人気あるからねぇ。お兄さんも一匹どうだい?飼い易くていいよぉ」
日に焼けた顔をくしゃりとして笑う。呼びかけがにいちゃんからお兄さんに昇格してるのがおかしい。ついつられて笑うと、「どれ」とおもむろに一匹掬い上げた。
「ほれ、手ぇだしてみ」
「いや、俺は・・・え・・えっ・うわっ」
戸惑ってる間に手の平に乗せられて、もぞっと小さな塊が動いた。今にも落っこちそうで思わずしゃがみこむ。
「どーだい、かわいいだろ」
参ったなと内心困りつつ、手の中のハムスターを眺めた。場所が変わったことに気づかないのか、眠ったままなのか、目は閉じたままひくひくと鼻を蠢かす。
「のんきだなー」
別にかわいいとは思わないがなんとなく背を撫ぜた。
するんと柔らかい。手に平に小さな重みと温もり。
昔、何でもいいから生き物が飼いたくて仕方が無い時期があった。とは言え任務で家を空ける事が多くそれも叶わなかった。
大人になった今、その願望は無くなった。内勤だから世話は出来るだろうがわかったのだ。俺には向かない。一度飼ってしまうと、懐深くに入れすぎて居なくなることに耐えられない。だから生き物は飼わない。
ごめんなさい、うちでは飼いないんです、そう断りを入れて返そうとした時、「いらっしゃい!」とおじさんが相好を崩した。
(ちょうどいい、誰か来た。)
それとなく視線を向ければ脚絆が見える。
(忍だ)
そのまま視線を上げて――、屈みこんで膝に置かれた手に嵌められた手甲に心臓が跳ねた。
(カカシさんだ!!)
ムキになってハムスターの背を何度も撫ぜた。
(どうしよう。怒ってるかな。なんて声掛けよう)
自分から謝りに行こうとしてたくせに、いざ会うときまりが悪い。
立ち上がることも去ることも、ましてや顔を上げることも出来ず往生する。
「気に入ったの?」
体から力が抜けるかと思った。
普通だ。
いつもとなんら変わりない。
「欲しいなら買ってあげるよ?」
カカシさんの手が伸びてきて、俺の手の上のハムスターを撫ぜた。
(ちゃんと俺に言ってる)
「いいです。見せてくれてありがとうございました」
ハムスターを仲間の所に戻すと店を離れた。
ひやかしでおじさんに悪いと思ったが振り返れない。足早に店を去る。
でも後ろからはちゃんと足音が。
「イルカセンセ、欲しかったんじゃないの?」
「いいんです。たまに任務出たりしてちゃんと世話出来ないから」
「そう・・・。でもかわいかったね」
「・・・はい」
可愛かった。手の平からなくなった温もりが寂しくて、早くその感覚を無くしたくて手を握り締めようとすると――別の温もりが絡んだ。
「カカ――」
「昨日はごめんね」
えっと顔を上げたが見えるのは覆面だけ。
「俺も!昨日は言い過ぎました。ごめんなさい!」
大きな声が出てしまい、吃驚したカカシさんがこっちを見た。ふふ、と可笑しそうに笑うと目を細める。その柔らかい笑みが夕日に溶けた。
(なんて、大人な人なんだろう)
うじうじ考えてた自分が恥ずかしい。
俯いて足元を見ながら歩く俺をカカシさんが引っ張った。
「早く帰ろ」
うんと頷いて歩調を合わせた。
カカシさんの優しさがありがたかった。
「どうしたの?顔が赤いよ?」
「夕日のせいです!」
これさえ無ければな。