春 3
「イルかセンセ、ほら見て見て!」
カカシさんが長く剥けたりんごの皮を自慢げに見せる。
「わー、すごいですねー」
「・・・思ってないくせにー」
平淡な口調で感想を述べれば、拗ねたカカシ先生がしょりしょりとりんごを齧った。
(やっと大人しくなった)
今の内と書類にペンを走らせる。
夜、持ち帰った仕事をしていると、大人しく本を読んでいたはずのカカシさんがおなか空いたと騒ぎ出した。
そんなこと言われても、さっきご飯を食べたばかりだし、こっちは仕事が残ってる。大体さっきあれだけ食べてたくせに、その言葉がほんとかどうか怪しいところだ。どうせいつもの「かまって」だろうとその辺に転がってた袋に入ったままのりんごを指差した。
添削ならまだしも、今日のは次の会議で使うものだから頭を使う。カカシさんに構ってなどいられなかった。
「ね、見て!うさぎちゃん」
ほらほらを皿を押してくるのに、濡れないように書類を下げた。
「上手に出来ましたね」
「うん。ちゃんと目もあるよ」
ちらっと視線を向ければ皿の上には皮の切れ端で作った赤い目のウサギが6羽。皿の上に行儀良く並んでいる。
「カワイイでしょ?」
「そうですね」
料理出来ないくせに。
意外と器用・・・というのはヘンか。上忍だし。
この人。と顔を上げたのがまずかった。目が合うと嬉しそうに笑って勢いづいた。
「イルか先生も食べませんか?」
「いえ、俺は」
書類に視線を戻す。腹は減ってない。それより残った仕事を早く終わらせたい。
「そんなこと言わずに。一個だけ」
ほらっとカカシさんがフォークに突き刺したウサギを目の前に差し出す。その途中で滴り落ちる果汁が目の端に見えて、さっと書類を引いた。
「あ・・」
ぽたっと卓袱台に落ちた汁にカカシさんが気まずそうな声を上げる。
「ごめ・・・・」
「カカシさん!俺忙しいんです!見たらわかるでしょう、いい加減にしてください!!」
怒鳴りつければカカシさんはフォークを持った手を膝の上で握り締めながら俯いた。
自分でも何でこんなに腹が立つのかわからない。カカシさんがちょっかいかけてくることなんてしょっちゅうだ。だけど、今日は我慢ならなかった。
「邪魔するんだったら、もう――」
「ごめんなさい!!」
突然叫び声を上げたカカシさんに言葉を詰まらせた。
「オレ、ジャマだから帰るね」
眉尻を下げたカカシさんが部屋を出て行き、玄関を閉める音がした。
気配がなくなる。
「・・・・なんだよ」
ティッシュを引き寄せ卓袱台を拭いた。書類を戻しペンを握る。
(なんて書こうとしてたんだっけ?)
「・・・・・・・・・・・」
思い出せない。
ペンを持つ手に力が入る。
「くそっ。なんだよ!!」
オレが悪いのかよ!
仕事してる時にちょっかいかけてきたカカシさんがいけないんじゃないか。それなのになんでこんなに罪悪感に見舞われなくちゃならない。
がっと卓袱台を向こうに押しやれば、皿のウサギがころんとこけた。痒くも無い頭を掻き毟る。
カカシさんが悪い!
静かにしてくれないから!
邪魔したから!
カカシさんが悪いんだ!
思い込もうとすればするほど、胸の奥から、ちがう、ちがう、と小さな波が押し寄せる。
はぁっと肺の奥に堪った空気を吐き出した。
(・・・どうしてだろう。)
カカシさんといると上手く感情がコントロール出来ない。
こんな時、相手がカカシさんじゃなければ、きっと――・・。
と考えて、この前の上忍のことを思い出した。
短絡的な言葉で怒らせ、カカシさんに助けられた。
前ならもっと上手くかわせた。波風立てないように言葉を繕って。
それが何故か最近出来ない。
他人に嫌われることがないようそんな言動は控えてきたのに。
「嫌いだ・・・」
言葉が重く圧し掛かる。
(俺は、もう――・・なんて言うつもりだったんだろう。)
帰るなんて思わなかった。
「謝ろうとしてたのに・・・」
呟きは静かな部屋に吸い込まれるように消えた。
頭ごなしに怒鳴るなんて。
あんな言い方したくなかったのに。
「カカシさんなんかきらいだ」
また小さな波が押し寄せた。