春 2
ご飯を食べて風呂に入り、持ち帰りの仕事も片付けて、さあ寝ようと片足を布団に突っ込んだところで、玄関先で音もなくそよぐ気配。
「なにやってんですか?」
玄関を開けて目に入ったのは大きなリュック――を背負ったカカシさんだった。
帰ろうとしていたのか、目が合うといそいそと戻って来る。
「さっき任務から帰って来て。報告終わってちょっとだけ顔見ようかなーと寄ったんですけど、明かり消えてたから・・・・その・・・」
「そうですか。おかえりなさい」
言ったとたんカカシさんが面映そうに笑って頬を掻いた。
(あ、違うぞ。今のは里に帰って来たから「お帰りなさい」だからな。けっして今ここに立ってるからじゃあ・・・)
思ったものの黙っておいた。俺が勝手にそう思ってるだけかもしれないし。それになんだかかわいかった。
「いきなり来ても何もないですよ」
「エ?」
一番最後の考えに動揺して、玄関を開けっ放しのまま奥に引っ込むとすぐ扉の閉まる音がした。
らしくなくペタペタ音を立てる足元を顧みたら、「いいのかなと思って」だと。
駄目って言っても入ってくるくせに。
「風呂、入っててくださいよ。その間に作りますから」
ぶっきらぼうに言って居間に入ると、はい!と嬉しそうな声が追いかけてきた。
そのまま台所に行こうとして、壁際に寄ったカカシさんに、どうしたんだろうと見ていると、重そうなリュックを下ろしてごそごそと中を漁り出した。
出てきたのは、替えのアンダーにズボンにパンツ。意外にも綺麗に畳まれたそれらを横に並べながらニコニコしているカカシさんは、お泊り学習に連れてきた子供みたいで微笑ましい。
そうだ、とバスタオルを渡すと、にへらと笑った。口を開けた締りない表情に、ついつられて笑ってしまう。
カカシさんが作り出すこういう時間はけっして嫌いじゃない。
「あっ、これ、おみやげです」
「ありがとうございます」
リュックから出てきた箱を受け取ると、中にインスタントラーメンが六食分。木の葉では手に入らない味付けのラーメンにごくっと喉が鳴った。
(うまそう)
一個作って食べてみようかな、ついでにカカシさんもこれでいいかなと考えていたら、
「オレのいないときに食べてね」
先手を打たれてしまった。
「どうしてですか」
「オレはイルカ先生の手料理の方がいいから」
しれっと言って風呂に消えてしまうのに、顔をごしごし拭った。
熱い。
もしかして俺は嬉しいんだろうか。
風呂から上がってビールを飲んでコロッケを一口齧ったところでカカシさんが船を漕ぎ出した。箸を片手にぐらぐら、ぐらぐら。
危なっかしいことこの上ない。
「カカシさん大丈夫ですか?」
「ん・・・眠いです」
「ちょっと寝ますか?」
「じゃあ・・・一時間だけ」
ぐらっと大きく傾いだ体を引きずり上げ、寝室に運んで立ち尽くす。
(どこに寝かせよう・・・)
客用の布団なんてない。余ってるのは夏用の掛け布団ぐらいで、それを出すにもカカシさんを支えることで両手は塞がっていた。
(・・・ま・・・いっか。ちょっとだけだし)
普段使ってるベッドにカカシさんを転がすと布団を掛けて寝室を出た。
2時間経過。
待てど暮らせどカカシさんが起きて来ない。
一度様子を見に行ったら枕を抱えて気持ちよさそうに眠っていた。
することもなくてぼんやり待っていたが。
残った料理にラップを掛けると居間の明かりを消した。
「まくら返せ」
腕の中にあったそれをぶん捕ると「ふがっ」と呻いたが起きる気配はない。
ムカついたのでベッドを占領している体をめいっぱい押して隅に追いやった。落っこちないぎりぎりのところまで押して、ベッドに潜り込む。
まくらが暖かくて変な感じだ。
(もともとここは俺のベッドだ)
誰にでもなく思ったことがいい訳じみて、なかなか寝付けなかった。
目が覚めたら目の前に腕が2本。同じ方向に親指が付いている。一本は頭の下から。もう一本はその腕に並ぶように。あれ?と思って指を動かしたら動いたのは1本だけ。
首筋に吹きかかる暖かい息に、
「うわっ!」
ビックリしすぎてベッドから転げ落ちた。
(そうだった・・・っ)
カカシさんが泊まっていったんだった。
はっとして服を見るがパジャマに乱れなし。
(・・・ってなに考えてんだ)
乱れなんかあってたまるか。
まだ眠っているカカシさんを置いて居間に入ると、昨日のご飯はそのままで一度も起きてないことが伺えた。
(よく寝るな・・・)
それだけ疲れが溜まっていたのだろう。
冷えた晩御飯は冷蔵庫にしまって、部屋を片付けた。洗濯はついでにカカシさんのも一緒にしておいた。リュックの中もちょっと気になったけど、そこまでするのは違うと思うのでそのままにしておいた。
あらかた片付いてしまうとやっぱりすることが無くて、なんとなく寝室をのぞいて見る。
起きないかと思って窓を開けてみるがカカシさんは目を閉じたまま。
もしかして具合でも悪いのかと顔色を伺ってみるが、相変わらず気持ちよさそうな顔で寝息を立てている。
(・・・なんだよ)
本当は今日、俺は花見に行く予定だったんだぞ。
早く起きろよ。
いつまで寝てる気だ。
イライラを飛ばしてみるが、起きる気配はない。
(なんだよ!)
今日、花見に行こうって言ってたのはカカシさんじゃないか!
せっかくの休みだったのに。
春の柔らかい風がカーテンを押し上げるたび、差し込む光が銀色の髪をキラキラと透かした。柔らかそうな髪がタンポポの綿毛のように揺れる。
(柔らかいのかな?)
静かに手を伸ばしてみる。
「ぅ・・・ん・・・」
あともうちょっと、なところでカカシさんが寝返りを打って遠のいた。
(・・・・・・・なんだよ)
一人だけ気持ちよさそうに寝やがって。
悔しいので出来た隙間に寝転んだ。
(俺も寝てやる)
目を閉じた途端、背中に圧し掛かる重み。
「ぐぅ・・っ、寝てたんじゃないんですか!」
「今、目が覚めました。」
「はなれろ!」
「んー・・もうちょっとこうして寝てましょーよ」
「はーなーれーろーっ」
「いででで・・・・痛いって」
羽交い絞めから腕だけ逃すと髪を掴んで引っ張った。
髪は柔らかかった。