春 1
アパートの階段を下りてすぐ、隣の家の塀に額を怪我した野良猫が一匹。よく見かけるそいつは額が血に赤いのもそのまま、悠然と日向ぼっこしている。
「勝ったのかぁ?」
昨日の騒動はお前かと声を掛ければ、一瞬視線をくれたもののすぐに逸らして背を丸めた。
(いい加減にして貰えないだろうか。)
採ったばかりの筍をいじりながら、こっそり息を吐いた。
放課後、三代目に断りを入れてアカデミー裏の竹林に筍を採りに来た。クナイでざくざく土を掘り根を切っていると、そこに見ず知らずの上忍が通りかかり手伝ってくれた。いい人だなぁとお礼を言って去ろうとしたら、そこからが長かった。
飲みに行こうだの食事に行こうだの断っても断っても誘ってくる。
正直いって迷惑。
すぐ帰って下ごしらえしないと晩御飯に間に合わないというのに。
「いい加減にしてください。迷惑です」
上忍から笑顔が消えた。
(いかん。)
ストレートに言うのが癖になってる。前はもう少しやんわり言えたのに。
逆上した上忍が手を振り上げた。大人しく殴られてやるほうが得策かと目を閉じる。下手によけるのは火に油。
(でも、痛いのは嫌かも・・・。)
どんと体が押されよろめいた。がっと肉のぶつかる音。
だが、痛みはいつまでたっても襲ってこない。
(あれ?)
「気がすーんだ?」
目の前に現れた銀髪と額当ての結び目にどきっとした。声でカカシさんだと分かったのに。
冗談のような声音とは裏腹にその体から威嚇するようにチャクラが膨れ上がる。
「なんだカカシ。邪魔するなっ」
「邪魔もなにも。この人はオレのなの」
(おいおい、誰が決めたよ)
応戦するように相手からもチャクラが噴き出る。
ごうごうとぶつかり合うチャクラを目の前にして眩暈がした。
中忍にはキツイ。
付き合いきれない。
「勝手にしてください」
「「あっ」」
「待って!イルカ先生」
(待てるか。)
今にもへたり込みそうな足を動かしてその場を後にした。後ろで「おかえし」と言う声と、人が崩れ落ちる音がしたのは聞こえなかったことにする。
向かう先は保健室。
「イルカ先生、待ってたら――えっ、具合悪いの?」
急におろおろしだしたカカシさんを椅子に座らせ、筍を持たせた。手を洗い、薬品を出すと断りもなく口布を下ろす。
「やっぱり切れてる・・・」
むかつく。あの上忍。
脱脂綿に消毒液を染み込ませ、ぐいぐいカカシさんの口元に付いた血を拭った。
「いたいっ、いたいっ」
「痛がるぐらいならなんで避けないんですか!」
「だって、避けたら殴れないじゃないですか。あいつイルカ先生に手をだそうとしたのに」
「なに言ってんですか。そんな変態アンタぐらいのもんです」
「それにっ、イルカ先生もイルカ先生です!あんな人気の無い所で一人になるなんて。」
「だーまーれー」
「いいですかっ、春は恋の季節ですよ!さかりのついた雄どもがいつ何時あなたの隙を狙って襲いかからないとも限ら――」
「おーだーまーり」
「いひゃい、いひゃい、やめひぇ」
なんでこんなに馬鹿なんだ。
ぐにーっと引っ張り上げた頬。涙目になったカカシ先生に満足して手を離した。新たに血がにじみ出たところにバンドエードを貼り付ける。
「はい。終わりです」
「ありがとうございます」
涙を一筋零しながら目を細めるカカシさんについほだされそうになる。
「帰りますよ」
「え」
「今日も来るんでしょう?」
「はい!行きます」
嬉しそう笑う口元を口布を上げて隠した。
「イルカ先生、手を繋いでいいですか?」
「・・・ちょっとだけですよ」
って言ってるのにしっかり指を絡められて文句も言えない。
(せめてな・・・)
助けに来てくれた時みたいに上忍しててくれたらいいのに。
「イルカ先生、オレ筍食べたいです」
「そんなに何度も言わなくても分かってます。それはカカシさんが剥いてくださいね」
「これ?」
「それが筍です」
ええ!と驚きの声を上げるカカシさんにため息が出た。
上忍としては異才をはなつ癖に常識的なことはてんで。
(こんなんじゃ先が思いやられる)
だからカカシ先生とは付き合えない。
「それ、下ごしらえに時間掛かるからご飯遅くなりますよ」
「はぁーい。ちゃんと待ってまーす」
力でなんとかしようとする輩と比べると良い人なんだが。
「お前もか、やったな」
何のことかと玄関に鍵を差し込みながら振り返れば、カカシさんが今朝の猫に話しかけている。その隣には寄り添うように猫がもう一匹。
そういうことか?そういうことになるのか?
考えてる内に部屋に上がりこむカカシ先生の背中を複雑な気持ちで見送った。
「あ!」
「なんですか」
出来上がった筍ご飯を口いっぱいに頬張りながらカカシさんが声を上げた。
「もしかしてオレのため?」
「は?」
「オレのために筍採りにいってくれた?」
「・・・別に」
「そうでしょ?」
ねぇ?ねぇ?と顔を覗き込んでくるのがうっとおしい。
「イルカ先生、顔赤いよ?」
「うるさい」
なんで無駄に勘がいいんだ。