言わせたい 24


 闇雲に走って、気が付けば森の中にいた。
(どうして見に行たんだろう…)
 どっと後悔が押し寄せた。これで二度とイルカに会えなくなった。
 暗部の掟のこともある。
 でもそれ以上に、オレはイルカに暗部に所属していることを知られたくなかった。暗部と言えば、里のエリートのように捉えられるが、実態はただの暗殺集団だ。
(…イルカに嫌われた)
 枝の上でじっと膝を抱えた。このまま消えてしまいたかった。
 どのくらいそうしていたのか、下でかさ、と落ち葉を踏む音がした。
「カカシ…、いるんだろ?」
 足下をイルカが通り過ぎる。いっそう気配を殺し、息を潜めた。
(どうして来たんだろ…)
 それにどうしてここにいると分かったのだろう。そう言えば、イルカには前にも公園にいるところを見つけられたことがある。
 不思議な思いに駆られながらも、じっとイルカの背中を見つめた。
(イルカ…)
 このまま行ってしまうのだと思った。すると、イルカが足を止めた。そのままじっと立ち尽くす。
(どうしたんだろ…?)
 木の陰からこっそり窺った。そのまま静かに時が流れる。風がカサカサと木の葉を揺らした。
 ふいに懐かしい感覚に囚われた。この光景を前にも見た気がした。
 ずっと昔。イルカはしゃがんで地面に絵を描いていた。オレが声を掛けるまで、ずっと――。
 オレを探すイルカの横顔に、あの頃の面影が重なった。
「…………イルカ」
 本当に小さな声で呼んだ。するとイルカは、とんっと地面を蹴って目の前に来た。
「……なにやってんの?」
「ウン、その…」
 続く言葉が無くて黙り込むと、イルカが言った。
「そのカッコ、寒くないの?」
 イルカが剥き出しの肩を見た。
「…すこし」
 でも暗部は真冬でもこの恰好だ。
「行こう」
 イルカが膝を掴んでいたオレの手を握った。
「ウン」
 イルカに促されて立ち上がる。
 イルカに手を引かれて歩いていると、擦れ違う人がぎょっとオレ達を見た。
 ――暗部の手を引く少年。
 かなり珍しい光景だろう。
 向かった先はイルカの家だった。部屋に入るとイルカの匂いがして落ちついた。
 部屋の真ん中で止まったイルカが両手を挙げて、オレの面に触れた。イルカの指が頭の後に結ばれていた紐に掛かって、体が強ばる。今なら、まだオレじゃないと誤魔化せる気がした。
 でもオレはイルカにされるまま、面を外された。顔を覆っていた物が無くなると、部屋を眩しく感じて目を細めた。
 イルカの手はベストに掛かり、脇の留め金を外していく。
「…イルカ、どうしてオレだって分かったの?」
「面から銀髪がはみ出てた」
「あ、そっか」
 確かに木の葉の里で銀髪はそういなかった。
 イルカにベストを脱がされて体が軽くなる。
「じゃあ、どうして森にいるって分かったの?」
「だってカカシ、あっちの方に走っていったし」
「そ、そっか…」
 イルカに当たり前のように言われてガッカリした。
(どうしてガッカリするんだろ…)
 それに寂しくもなる。オレはイルカに特別だと思われたかった。
(特別って、どんな特別…?)
 自問自答していると、イルカが手甲を外して、かぎ爪も取った。
「風呂入る?」
「…ウン」
 真新しいタオルを渡されて、ハッとした。
「ねぇ、これってオレの?」
「…そうだよ」
 喜びすぎてオシッコを漏らす犬の気持ちが分かった気がした。
 照れたイルカがオレの背中を押して、風呂場へと連れて行く。
 風呂から上がると着替えが用意してあった。どう見ても、イルカが着るには大きめのサイズだ。
(コレもオレの?)
 イルカはイルカの家にもオレの居場所を用意してくれていた。それなのにオレは勝手に拗ねて、イルカと距離を置くところだった。
(オレってバカだ…)
 着替えて風呂場から出ると、イイ匂いがした。
「ご飯食べる? お腹空いてなかったらいいけど」
「食べる!」
 急いで返事すると、イルカが居間に置いた小さな卓袱台にご飯の用意をしてくれた。
「イルカはもう食べたの?」
「うん」
 卓袱台の上にはご飯と味噌汁、それに焼き魚とお浸しが並んだ。お風呂に入っている間の短い時間だったのに、ここまで用意してくれるイルカに、一人暮らしが板に付いているのを感じた。
「いただきます」
 これも新品だと分かるお箸に胸がジンとした。
 もくもくと食べるオレを、イルカはじっと見ていた。
「…カカシ、任務忙しいのか」
「ウン、…まあね」
「全然帰って来ねぇのな」
「…寂しい?」
 冗談のつもりで聞いたのに、イルカはカッと頬を染めた。
 だったらどうして部屋を出て行ったのだと詰め寄りたくなる。それをぐっとオレは飲み込んだ。
 全てはイルカが決めたことだ。イルカは下忍で、もう一人前の忍なのだ。そこは認めなければならないと思った。
 だからもう一つ。イルカに決めさせなければならない事がある。
 それを思うと胸が重くなった。
 だから敢えて今は明るく話題を振った。
「ネ、最近どうしてるの? 任務は順調?」
「うん。任務は相変わらず子守りが多いけど。先生が新しい忍術を教えてくれたんだ。自分でも勉強してる」
「へぇ」
 きっと部屋を覗いた時していたのは、それだったのだろう。
 食べ終わって、箸を置くと両手を合わせた。
「ごちそうさまでした!」
「うん。なぁ、今日泊まってく?」
「えっ、いいの?じゃあ、そうする」
 皿を片づけるイルカの手伝いをした。一緒に暮らしていた時、そうしていたように。
 全てを終えて、寝室に布団を敷きに行きかけたイルカを呼び止めた。
「ねぇ、イルカ。オレが暗部だって知ってたの?」
 ギクリとイルカの体が強ばった気がしたけど、気付かないフリをした。イルカも忍なら、暗部の噂を耳にしたことがあるだろう。
「…ううん、知らない」
 本当かどうか知らないが、イルカはそう答えた。
「そう…。イルカ、暗部には暗部の掟がある」
「…俺、殺されるの?」
 振り返ったイルカが静かに聞いた。真っ直ぐにオレの目を見つめ返す。思わずプッと吹き出した。
「なにソレ。そんな噂があるの? いくらなんでも知られただけで殺さないよ。イルカはオレの家族だし」
 そう言うと、イルカはホッと体から力を抜いた。オレが殺すと言ったらどうするつもりだったのか。
「火影様に報告するよ。それで通常は記憶操作を受けるんだけど、…も一つ抜け道がある」
「どんな?」
「一人だけ例外が認められてる。暗部は生涯に一人だけ、自分の事を知る者を作ることが許されてるの」
 大抵は伴侶を選ぶが、中には伴侶にすら身を明かさない者もいる。
「でもそれも条件がある。他人に口外出来ないように、喉に呪印が掛けられる。その者のことを話そうとすると、声が出せないように」
 飼い犬に首輪をするように。そいつが暗部を抜けるまで、飼い続けられる。
 どっちが良いかなんて明白だった。
「明日、一緒に火影様の所に行こう」
「いいよ」
「ウン。じゃあ、もう寝よっか」
「そうじゃなくて。俺、喉に呪印掛けられても良い。カカシの事、知っていたい」
「イルカ? ちゃんと分かって言ってる? 首輪を付けられるみたいなもんなんだよ?」
「首輪だなんて思わない。俺が話せなくなることで、カカシに危険が及ばなくなるなら、それで良い」
「オレが暗部を抜けられるまで、ずっとだよ? いつ止められるかなんて、分かんないんだよ?」
「良いって言ってるだろ。ああ、もうっ、ごちゃごちゃ言ってないで、さっさとやれよ!」
 ん、とイルカが喉を差しだした。
「イルカ…」
 何かもう、オレは今日一日で嬉しいことがたくさん有りすぎて、夢でも見てる気分になった。
「ホントにいーの?」
「ああ」
「…じゃあ、目を閉じて」
「うん」
 目を閉じて、つんと顎を上げたイルカの顔を見つめた。
 愛おしくて、どうしようもない。
「…もしかしたら、痛いかもよ?」
「えっ…、うん、まあ良いよ。痛くても」
「…ウン」
 ちょっと怯えた顔になったのが可愛かった。それでもじっとオレが術を施すのを待っている。
 オレは静かに印を結んだ。チャクラを練り上げて術に備える。
「イルカ、ダイスキだーよ」
 チュッとイルカの唇に唇を重ねた。
「え…」
 驚いて瞼を開いたイルカに、右目を閉じた。左目の写輪眼を発動させると、イルカの体から力が抜けた。
「…カカシ…?」
「目が覚めたら、今日オレに会ったことを忘れてるよ。イルカは誰にも会ってない。ずっと家に一人でいた」
「カカシ…!」
「イルカ、アリガトウ」
 意識を失って、ガクリと膝から折れたイルカの体を支えて卓袱台に寄り掛からせた。両手を台の上で組ませて、その上に頭を載せると眠りの体勢を取らせた。
 落ちていた巻物を拾って、イルカの前に広げる。
 これで目が覚めても、術の練習中に眠ってしまったと思うだろう。
 オレは暗部服に着替えると、オレのいた痕跡を消した。
「我ながらカンペキ」
 髪の毛一本残ってない。
 それで良かった。イルカに飼い犬のような生活は似合わない。オレはイルカに伸び伸びと暮らしていて欲しかった。
「じゃあね、イルカ」
 そっとイルカの頭を撫でてから家を出た。
 オレは気付いてしまった。
(イルカがスキだ)
 弟や家族や幼なじみとしてではなく、イルカ自身を愛している。






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