言わせたい 23


 なにをするにも張り合いが無くなってしまった。来る任務は淡々とこなしたが虚しいばかりだ。
 イルカとはあれから会っていない。会いたかったけど、会えば離れて行くイルカを感じてしまいそうで、会えなかった。
「はぁー…」
(どうしてオレ、こんなことしてるのかな…)
 心がどんどん疲弊していく。
「カカシ、たまには息抜きしろよ」
「んー…」
 どう息を抜けばいいのだろう。働く以外、オレには能がないのに。
「しょうがないなぁ〜。俺が息抜きさせてやるよ」
 黙り込んだオレに男が言った。彼は今回の任務で編成された隊の隊長だった。オレよりも十ほど年上だったけど、オレのことを何かと構った。
 私服で来るように言われて待ち合わせの場所に行くと、隊長はすでに来ていた。
「今日のカカシは十八歳な」
「まだ十六だけど…」
 それもなったばかりだ。
「良いから十八ってことにしとけ」
 隊長はどこか興奮した様子で歩き出すと、赤い大門を潜った。料亭の様な店先に赤い提灯が並んで、妖しげな雰囲気を醸し出す。
「なにココ」
「いいから、今日のことはオレに任しとけ」
 そう言って暖簾を潜ると、店の者に案内されて二階へ上がった。
(……良いものを食べさせるってことだったのかな…)
 部屋に通されると、すぐに食事の支度が調い、派手に着飾った芸者が傍に寄った。酌をしようとするのを断り、手酌で飲んでいると、隊長は両側に芸者を侍らせて言った。
「カカシ、この店は安心だ。もっと気を楽にしろ」
「はぁ…」
 料理はなかなか上手かったが、隣から香る白粉の匂いが料理に混じるのが不快だった。
(もう帰りたい)
 そう思ったら、隊長が立ち上がった。
「カカシのことはお前に任せたから、いいようにしてやってくれ」
「あい」
 しずしずと頭を下げた女が、首を傾げてオレを見た。
「初めてでありんすか?」
「……まあ」
(おかしな方言だ。この里特有のものだろうか?)
 そんなことを考えていると、女はますますオレの傍に寄った。近すぎる距離が不快で横にずれる。なんかもう、いろいろ面倒臭くなって来た。
「……帰る」
「あれ…そんないけず言うて憎らしいお人。どうぞ今宵は、わっちの相手をしてくんなんし」
 白い手が持ち上がる。その瞬間、建物中に女の悲鳴が響いた。バタバタと幾人もの足音が賭より、さっと襖が開かれる。
「カカシ! 何やってるんだ!?」
「この女、オレに触ろうとした」
「そりゃあするだろうよ…」
 あちゃーっといった感じで、隊長は額を抑えた。オレはいつでも殺せるように、女の喉を指一本で押さえていた。女はオレの殺気に充てられて、失神していた。



「お前、いい加減にしろよ! オレまで追い出されたじゃないか。はぁ〜、しばらく大門をくぐれねぇ…」
 情けない声を上げて項垂れる隊長の肩を叩いた。
「元気だしなよ」
「お前のせいだろ!」
 なにがオレのせいなのか分からなかった。忍として当然の行動を取ったまでだ。
「お前さぁ、女見てムラッと来るとかないの? それとも里に誰かイイ子いる?」
「……いる」
「だったら先に言えよなぁ」
 余計なお節介を焼いてしまったと隊長が頭を掻いた。
「お前、一度里に戻れ」
「え、でも…」
「なんだ? 喧嘩でもしてるのか?」
 喧嘩じゃない。ただ、イルカが成長して、オレから離れてしまっただけだ。
 黙り込むと、隊長は勢いを得た。
「だったら尚更会ってこい。これは命令だ。ついでに、報告書を里長に出して来てくれ」
 どちらがついでなのか分からない命令まで受けてしまい、断れなくなった。
 オレは三日間の有給を押し付けられた。
「ちゃんと会って来いよ」
「…はい」
 返事をしたものの、イルカに会う気はなかった。
 里に着いて報告書を提出すると、とんぼ返りで任地に戻ろうとした。
(…でも)
 久しぶりの里に、少しだけイルカの姿が見たいと思った。
(会うんじゃなくて、窓からなら…)
 そうと決めると、イルカの家に向かった。イルカは家にいるだろうか。任務で外に出ていなければ良いのだけれど。
 近くまで行くと、イルカの部屋に明かりが見えた。電柱に登って、こっそり部屋の中を窺う。
 イルカは巻物を開いて、なにやら勉強しているようだった。しばらく巻物を読んでいたかと思うと、置いて印を結び出す。
(卯、子、寅、丑、申…)
 以前に比べて、随分印を結ぶのが早くなっていた。
(イルカ、ガンバってるんだーね…)
 電柱の上で膝を抱えた。嬉しいはずの成長が何故か哀しい。イルカはオレがいなくても、どんどん成長していく。
(昔は良かったな…)
 イルカがアカデミー生の頃は一緒に宿題をして楽しかった。もっと幼い頃、指の運動が出来なくて、顔を顰めたイルカはとても可愛かった。
 もう、あの頃のイルカはいない。
「イルカ……」
 ポツリと呟くと、はっとイルカが顔を上げた。
 聞こえるはずがない。声にもならないような、ホントに小さな声だった。
 だけどイルカはきょろきょろと辺りを見渡した。そして窓の外を見た。
 緊張した。オレだと分かるはずがない。暗部の恰好をしているし、面だって付けているのだから。
(今すぐ去らないと…)
 そう思うのに、イルカにじっと見られて、金縛りに遭ったように動けなかった。
 すると、イルカの唇が動いた。
「……カカシ?」
 オレは瞬身でその場から消えた。






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