言わせたい 22
季節が過ぎて、秋になった。イルカは無事アカデミーを卒業して、下忍試験にも受かって忍になった。
額当てを巻いたイルカの雄姿に誇らしくなる。
「イルカ、おめでとう!」
「カカシ、今までありがとう。俺がここまで来れたのは、カカシのお陰だよ」
「そんなことーないよ!」
そう言いながらイルカの言葉が嬉しかった。でもまだこれからだ。
――これからイルカはもっと成長していく。
それを傍で見守っていく。思っていたのに、ある日任務から帰ったらイルカが居なくなっていた。家にイルカの荷物が無い。
「え?」
なにが起こったのか理解出来なかった。
「イルカ…? イルカ…!」
直ぐさま忍犬達を呼び寄せてイルカを探した。
(誘拐されたのかも…!)
誘拐で荷物まで無くなるのは変なのだが、混乱したオレには気付けなかった。
わおーんとすぐに近くから、忍犬の声が聞こえた。イルカ発見の知らせに瞬身で忍犬の前に降り立つと、木造のおんぼろアパートの前だった。
「イルカは中におる。一人のようじゃ」
「そう」
(ここに、誘拐犯が?)
電柱に登ると、明かりの点いた部屋の中を覗いた。すると、イルカがテレビを見て笑っていた。
(…イルカ?)
思っていた様子と違って首を傾げた。イルカは拘束されるでもなく、寛いでいる。
まるで、自分の家のように…。
オレは愕然としながら玄関に回った。表札を見ると、『うみのイルカ』と書いてある。
(イルカ…)
ピンポンと呼び鈴を鳴らした。
「はーい」
ガチャリとドアが開いて、イルカが顔を覗かせた。
「あっ、カカシ。おかえり」
「ウ、ウン…、ただいま…」
ただいまと言って良いのかどうか。オレ達の家は別にある…筈…。
「入っていい?」
「うん。どうぞ」
イルカはドアを開けると、オレを招き入れた。中に入るとそこは単身者用のワンルームで、とてもオレの暮らすスペースはない。
辺りを見渡すと、一緒に暮らしていた時に使っていたイルカの物があって、本当にここに引っ越して来てしまったのだと実感した。
「お茶入れるね」
「ウン…」
どうしてここに住んでいるのか。今すぐ聞きたかったけど、答えを聞くのが怖くて聞けなかった。
「…イルカ、いつからココに住んでるの?」
辛うじてそれだけ聞くと、イルカは「一月前」と言った。オレが任務で出てからすぐだ。
「お家、探してたの?」
「ううん。下忍になったら住宅が支給されるって聞いたから、それで…」
「どうして相談してくれなかったの!」
気付いたら、大声を出していた。
(あっ、しまった。またウルサイって言われる…)
そう思ったけど、イルカは冷静だった。
「うん、ごめん。でもみんなもう一人暮らししてるし、俺も独立したいなって思って」
(そんな…)
目の前に出された湯飲みは見たことないものだった。もうここで、イルカの新生活が始まっている。
「……オレと暮らすのイヤになったの…?」
「違うよ! そうじゃなくて…。あの部屋、カカシもあんまり帰ってこないし、家賃が勿体ないなって。カカシにも別に部屋が支給されてるんだろ?」
それは問いではなくて確認だった。
なんにも知らないと思っていたのに、イルカはオレの任務について、うすうす感づいているのかもしれない。
それは、イルカの身に危険が及ぶことだった。
オレが黙り込むと、イルカも黙った。
(イルカはもう、あの家に戻ってこない)
これ以上話さなくても、それだけは分かった。分かりたくなかったけど、ずっと一緒に暮らしていたから、イルカの考えてることは分かる。でも気持ちまでは分からない。
「……里に帰ってきた時は一緒にご飯食べてくれる?」
「もちろん」
「イルカ、オレのことスキ?」
「うん、好きだよ」
イルカは即答してくれたけど、なんか違った。胸の奥がもやもやとして気分が晴れない。
「そろそろ帰るね」
「えっ、そう…。分かった。来てくれてありがとう」
「ウン。急に来てゴメンね」
立ち上がると。今生の別れの様な気がして涙が出そうになった。
(寂しい…)
とぼとぼと玄関に向かう。
「…あの部屋は解約するね」
「…うん」
イルカの思い出の詰まるあの部屋に、一人で帰るのはイヤだ。それならいっそ、無くなってしまった方が良かった。
「カカシ、今までありがとう」
外に出て扉を閉めようとした時、イルカが言った。その言葉を以前にも聞いた気がした。たしかイルカが下忍試験を受かった時に。
(あの時も同じ気持ちで言ってたのかな…)
気付けなかった自分に不甲斐なさを感じた。気付けたとしても、なにも変わらなかったかもしれないけど。