言わせたい 20


 イルカがなんかソワソワしていた。ソワソワして、オレに何か言いたそうにする。
「どうしたの、イルカ」
「ううん…。なんでもない」
 なんでもなくは無いと思うのだが、任務の時間が押し迫っていた。
「…ゴメン、時間が無いから帰ってから聞くね」
「ううん、いい。いってらっしゃい」
「ちゃんと聞くから。いってきます」
 どことなく寂しげな顔をしたイルカの頭をくしゃりと掻き混ぜて家を出た。
 集合場所に向かうと、いつものメンツが足りなかった。
「アレ? 鳥は?」
「明日合流する。オレ達は先に行って潜入準備をする」
「ふぅん、そう」
 別の任務でも受けているのだろうか。
 さほど気に掛けずに出立した。事の次第がはっきりしたのは翌日。任務が終わってからだった。
「いや〜、可愛かったんだ。娘が」
 鳥は八歳の子持ちだった。何かにつけて娘自慢をする親ばかだ。暗部に所属するくせに、コイツは家族の話を大っぴらにする。それだけ仲間を信用しているのだろうが、毎回顔を合わせる度に娘の話を聞かされるオレ達は少々うんざりしていた。ま、オレもイルカ自慢するから人のことは言えないんだけど。
「昨日、娘の授業参観でな。『わたしのおとうさん』なんて作文読むんだぁ…」
「なんだ、お前。昨日いなかったのって、それでかよ」
「え、ちょっと待って。なに、授業参観って…」
「うん? 聞いてないのか? 昨日は父兄参観だぞ」
 聞いてない。鳥の娘が授業参観なら、イルカだってそうだろう。
「それって幼少部だけ?」
「いんや、全学部だと思うが…」
 念の為確認すると、期待を裏切る答えだった。
「…おい、カカシ?」
(そんな大事な事を言わないなんて…)
「…先帰る」
「おいっ」
 休憩も取らずに里に帰った。暗部服から普通の忍服に着替えるのももどかしく家に帰ると、明かりは消えてイルカはすでに眠っていた。
「イルカ!」
 バンッとドアを開けて部屋に入ると、イルカは目を擦りながら体を起こした。
「ん…、おかえりカカシ。どうしたの…?」
「どうしたじゃないよ! どうして授業参観のこと言ってくれなかったの!」
 イルカはハッとした顔でオレを見たが、何故かむっと口を閉ざすと布団に戻った。
「別に…」
「別にって…、別にってなに?」
「別にカカシに言う必要ないだろ。あれは父ちゃんが来るもんなんだから。カカシには関係ない」
「なにそれ…。オレはイルカの親代わりデショ? 関係なくなんか…」
「うるさいっ!」
 怒鳴られて吃驚してしまった。イルカがオレに怒鳴るなんて初めてだ。目の前が真っ白になる。冗談ではなく卒倒しそうになって、オレは家を飛び出した。
 闇雲に走って衝撃を散らす。
(イルカが…! イルカが…! イルカが…!)
 思い返す度に、じくりと胸が軋んだ。やがて疲れ果てて、公園のベンチで膝を抱えた。
 ………めそ。
 寂しくて睫毛に涙が滲んだ。
(イルカはオレのコトいらないのかもしれない…)
 確かにオレはまだ若く、イルカからしてみれば頼りないかもしれない。
(でもオレ、一所懸命やってるもんっ)
 イルカを想う気持ちでは、イルカの親にだって負けてないつもりだ。
(そりゃ、本当の親にはなれないケド…)
 早く大人になりたかった。体も大きく、イルカが頼れる存在に――。
 背後でジャリッと土を踏む音が聞こえた。
(イルカだ…!)
「ごめん…言いすぎた。帰ろう?」
 もうその言葉だけで、天にも昇る気持ちになった。
(イルカが迎えに来てくれた!)
 今すぐイルカと帰りたかったけど、あんまり簡単に機嫌を直すと、傷付いてなかったみたいに思われるかもしれないから、オレは蹲ったままでいた。
「カカシ…」
 もっと慰めの言葉を聞きたくて耳を澄ました。だけどイルカはオレに紙を押し付けると行ってしまった。足音が遠離る。
 ………ぐすっ。
 今度は本当に涙が出た。オレはバカだ。イルカが呼んでくれている間に帰れば良かった。
 振り返ってイルカを探すと、押し付けられた紙がベンチに落ちた。これを開くのが怖い。
(絶縁状だったらどうしよう…)
 でも中が気になって開いた。

『   俺の家族
                    うみのイルカ


 俺には両親がいない。
 バケ狐がやって来た時に、里を守って英雄になった。
 だけど俺にはカカシがいる。
 カカシは俺と一緒に住んで、ご飯を食べてくれる。
 だから俺は寂しくない。
 カカシ、いつもありがとう。

                      終わり』

 涙で川が出来るかと思った。
「イルカ!」
 作文を持ってすぐに追い掛けると、帰り道の途中でイルカを見つけることが出来た。後から勢い良く背中に飛び付く。
「イルカ! ダイスキだーよ!」
「な、な、何言ってんだよ。もうっ、夜中なんだから静かにしろよな」
「ウン。イルカダイスキ」
 こそっと言って、頬をイルカの耳に押し付けると、イルカの頬が赤く染まった。
「もう分かったから離れろ」
「ヤダ、もっとぎゅっとする」
 だって、イルカがスキで堪らないのだ。



「それで、イルカ。オレが出掛ける前に何か言いたそうにしてたけど、なんだったの」
 翌朝、味噌汁と啜りながら聞くと、イルカは何故かジトっとオレを見た。
「…だから、授業参観のことを言いたかったんだけど、カカシ任務だったから…」
「あっ!」
 なんだ、そうだったのか。ちゃんと言おうとしてくれてたんだと分かって嬉しくなる。………でも。
「もっと早く言ってくれれば都合つけたのに」
 すると、イルカが視線を逸らした。
「イルカ…?」
「…プリント渡すの忘れてた」
「えっ! …もしかして、他にも忘れてないよね?」
 ご飯を口に入れかけていたイルカは、茶碗を置いて自室に戻ると、プリントの束を持って来た。慌てて確認すると、家庭訪問のお知らせのプリントがあった。
 日にちはとうに過ぎている。
「イルカ! どうしてちゃんと出さないの!」
「仕方ないだろ。カカシいないんだもん」
「うっ、う〜〜〜」
 だって、任務なんだもん。
 オレは立ち上がると、目に付いた箱をテーブルに置いて、そこに連絡箱と書いた。
「これからオレがいない時はココに入れて。任務で外に出てる時はパックンに持って来させるから」
「いいよ。無理しなくて」
「無理じゃないもん! オレだって、イルカが教室で作文読んでるトコ見たかったもん!」
 鳥への悔しさが相当根深く残っていた。
(オレも自慢したいのに…!)
 イルカははぁーと溜め息を吐くと「わかった」と言った。それにしても、
「…ゴメンね、イルカ。イルカだけ誰も来て無くて寂しかったんじゃない?」
「え? そんなことないよ。三代目が来てくれたし」
「なにソレ!?」
 教室でにこやかにイルカを見つめるじじいを想像して、腑が煮えくりかえった。
(任務を拝命した時、何も言ってなかったのに!)
 後で文句を言いに行くと、じじいはしれっと言った。
「何じゃ、お主。イルカから聞いとらんかったのか? まぁ、そうであれ、情報収集は忍の基本じゃ。まだまだ修行が足りんのぉ…。ふぉっ、ふぉっ、ふぉ…!」
 顎髭を毟り取ってやろうかと思った。
 オレの中で三代目の評価が地に落ちたのは言うまでも無い。






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