言わせたい　18

　ひとまず今夜の宿を探すことにした。家を探すにも急には見つからないだろう。二人で住む家だ。イルカの好みだってちゃんと聞きたい。繁華街を目指して歩いていたら、イルカが足を止めた。
「…はたけ上忍、あの、ボク…寮に荷物が…」
「ストップ！ どうしてオレのことを『はたけ上忍』って呼ぶの？ 今まで通り『おにいちゃん』でいいじゃない」
「でも、ボクもうアカデミー生だし、階級の違いは知ってるよ。上忍って、とてもすごいんでしょう？」
「凄くなんかなーいよ。オレが上忍でも、イルカと幼なじみな事には変わりないデショ。それに今では後見人でもあるんだよ。家族みたいなもんなんだよ」
「家族…」
「そうだよ。オレにはもう、イルカしかいないんだから、そんな寂しいこと言わないでよ」
　ぎゅっと手を握ると、イルカがハッとした顔をした。思い出しただろうか？ オレにも親がいないことを。
　イルカの目から溢れた涙が頬を伝った。
「…ごめん…、ボク泣き虫で…。ホントはずっと寂しくて…。一人になって寂しかった…」
「ウン。でもこれからはオレがいるよ」
「うん。ありがとう…」
　イルカがゴシゴシと瞼を拭う。
「また、お兄ちゃんって呼んでいい？」
「いーよ。『おにいちゃん』でも『カカシ』でもスキなように呼んで」
「『カカシ』？」
　ポツリと呟いたイルカにハッと閃いた。
「ウン、カカシって呼んで。これからイルカとオレは年の差も階級も関係ない。対等な立場だーよ」
　ネ？ と首を傾げると、イルカは噛み締めるように頷いて、「カカシ」と呼んだ。
「なぁーに？」
「ううん」
　イルカが照れ臭そうに笑った。
　ただ名前を呼ばれただけなのに、なんだかとてもくすぐったい気持ちになった。



　イルカの荷物を引き取って、退寮の手続きを済ませると宿屋に入った。
　イルカの荷物は段ボール箱一つ分しかなくて、失った物を思うと哀しくなった。
「…イルカ、家を見に行ったんだけど…」
「…うん。バケ狐にやられて半壊したんだ。でもボクはまだマシな方だよ。荷物が取り出せたもん。みんな無くした人もいる…」
「そうだね…」
　ぎゅっと箱を抱き締めるイルカに、中身は聞かないでおいた。知れば処分を促さなくてはならない物も入っているかもしれない。
　早めにご飯を済ませると風呂に入った。
　昔一緒に風呂に入ったけど、イルカは成長して大きくなっていた。髪は伸ばすことにしているのか肩まであって、鼻の傷も薄れることなく健在だった。
　部屋に戻ると布団は引いてあって、疲れていたオレ達は早々に明かりを消して布団に入った。それでも眠れないのか、イルカは何度も寝返りを打った。
「…眠れない？」
「うん…。ごめん、うるさくして」
「そんなことなーいよ。…ねぇ、昔のこと思い出すね。前にもこうして一緒に寝たよ。あの時はイルカの布団で、だったけど…」
「う…うん…、ボク…おにいちゃんと一緒に寝られるの嬉しかった…。あの頃は、父ちゃんも…母ちゃんもいて……」
　心が昔に戻ったのか、イルカはオレの事を「おにいちゃん」と呼んだ。黙り込んだイルカの布団が大きく揺らぐ。時折しゃくり上げる声が聞こえて、オレは布団の中でイルカの手を探した。
　腕に触れるとビクッとイルカの体は震えたが、手を握ると、ぎゅっと握り返してきた。
「…イルカ、コッチにおいで」
　引き寄せると、瞼を腫らしたイルカがオレの布団に入ってきた。
　一体いつから泣いていたんだろう。
（バカだな…）
　イルカはまだ十歳だ。親を失って寂しくないワケない。それなのに、一人で我慢して…。
（これからは、オレがイルカの親代わりになる）
　改めて決意すると、腕の中で震えるイルカを抱き締めた。



　翌朝、朝食を済ませると不動産巡りを始めた。オレはイルカと住むのだから一軒家でも良いと思ったけど、イルカは広すぎる家を嫌がった。前の家を思い出すからだろうか。
　そんなワケでアパートやマンションを重点的に見て行った。里が復興したばかりで空き部屋が少ない。部屋の値段も高く、この広さで？ と思う物もあったが黙っておいた。
　イルカが気を使うかもしれない。それに早くから上忍をしていたお陰で一財産築いていた。
「イルカ、気に入った部屋があったら言ってね。オレはどんな所でもいいから」
「ウン…、なぁ、カカシ。もっと狭いところにしようよ。…俺、あんまり広い所は……」
　イルカが自分のことを『俺』と呼んだのに気付いたけど、黙っておいた。恐らくイルカは変わろうとしているのだろう。
　子供から大人へ。
「そう…？ じゃあ午後からは、もうちょっと狭いトコ見に行こうか。間取りはどんなのが良かった？」
「うん…」
　疲れてしまったのか、イルカの口数が少ない。
「ま、ゆっくり探せばいいよね」
　手を伸ばしてイルカの頭を撫でた。
　だが、その後も家探しは上手くいかず、収穫が無いまま宿に戻った。
　心なしかイルカが塞ぎ込んでる気がしてならない。
「イルカ…、疲れちゃった？」
「……カカシ、俺……お金持ってない。あんまり高いところに住めないよ…」
「えっ!? そんなこと気にしてたの？ 大丈夫。オレが払えるから心配なーいよ」
「でも…、カカシにばっかり悪いよ。やっぱり俺……寮に帰る」
「ダメだよ!!」
　気付いたら、とても大きな声を出していた。
「イルカ酷いよ！ 一緒に住むって言ってくれたばかりなのに…。もうオレと住むのイヤになったの？ オレ、イルカの嫌がることした？」
「違う！ そうじゃないよ、カカシ…。そうじゃないけど…俺……今までご飯食べたり、家で寝たりするの当たり前に思ってた。…でも家が無くなって、父ちゃん達が帰ってこなくなると、なんにでもお金が掛かるんだって分かった。二人とも、俺の為にいろいろしてくれたのに、俺…何にも返せなかった…」
「…イルカは優しいね」
　父さんを恨んだオレとは大違いだった。
「『親はいつだって子供のことを想うものだよ』おじさんがそう言ってた」
　ハッとイルカが顔を上げた。
「おじさんはとてもイルカが大事だったんだね。九尾と闘うのも、イルカの為だって言ってた」
「でも俺…、ずっと一緒にいたかった…」
「そうだね…」
　目に涙を浮かべそうになったイルカが、ぎゅっと目を閉じた。
「イルカ？」
「もう泣かない。泣いても何も変わらない」
「そんなことなーいよ。イルカの苦しいのが楽になるデショ？ 泣いてもいいんだよ。だって、いっぱい傷付くことが起こったんだもん」
　ぐっと堪えるイルカを引き寄せた。頭を抱え込むと、イルカの肩が震えだした。
　そう簡単に忘れられるコトじゃない。いっぺんに全てを無くしたのだから。無気力にもなるだろう。そうなったって良いのだ。少しずつ、元に戻ればいい。
「カカシの時は…」
「ん？」
「カカシがおじさんを亡くした時も、寂しかった…？」
「…ウン、そうだね」
　ずっと隠してきた感情だった。捨てられたのを認めたくなくて。父さんを恨むことで悲しみを忘れた。そうでもしなければ、自分を保てなかった。
　本当は哀しくて堪らなかった。イルカにだけ、オレの本当の気持ちを伝えた。
「すごく寂しかったよ。父さんがダイスキだったから、哀しくて堪らなかった」
　ぎゅっとイルカを抱き締めると、目頭が熱くなった。あの時流れなかった涙が頬を伝う。
「…カカシ、泣いてるの？」
「ウン…」
　イルカを抱いたまま頷くと、イルカの手が背中に回った。
（慰めてくれるの…？）
　イルカは本当に優しい。
　イルカがいないとダメなのはオレの方だ。
（…あの時、オレはとても酷い事をした）
　父さんの遺骨を投げ捨てたのだ。後日、遺骨を拾ってくれた四代目が、オレの代わりに埋葬してくれた。
「イルカ、明日はお墓参りに行こうか」
「お墓参り？」
「ウン。里に帰ってから父さんに会ってないし、イルカの両親にもちゃんと挨拶したいから」
「うん。俺も一緒に行く」
　そう言ったイルカの顔は少し晴れて、可愛らしい笑みを浮かべた。