言わせたい 17


 たくさん泣いて、ようやく涙の止まったイルカの手を引いた。
「行こう、イルカ」
「どこへ…?」
「んー、ひとまず三代目のとこ」
 イルカを里子に出すのを撤回しないと。それからオレの養子に迎えることを伝える。
「イルカ、イルカはこれからどうしたい…?」
「ボクは…」
 イルカは黙って俯いた。全てを失ったイルカに、こんな話はまだ早かったかもしれない。
「ゆっくり考えたらいーよ」
「うん…」
 三代目の執務室に着いた時、オレは火影様にイルカを養子に迎えたいと伝えた。煙草を吸っていた三代目は盛大に咽せた。
「うぉほっ…ごほっ…ごほっ…何を言っとるんじゃカカシ。お主は未成年じゃろう。養子を迎えるにはせめて一八歳に達しておらな認められん。それにお主には新しい任務があるじゃろ」
 三代目の目が暗部入隊の件を忘れたかと聞いていた。
「そっちはそっちでちゃんとこなします。とにかくイルカはオレが面倒を見ますから、里子の件を撤回してください」
「里子…?」
 イルカはその話を聞いていなかったのか、目をぱちくりさせた。
「そうだよ。イルカを養子に出して、だれか別のお父さんお母さんを付けようって話が出てたんだよ」
「別の…?」
 イルカの顔がみるみる歪んだ。
「ボクの父ちゃんと母ちゃんはあの二人だ。他の誰でもない…っ」
「そうではないぞ、イルカ。お前にはまだ親が必要じゃ。だから代わりに…」
「いらない!」
 強い拒否反応を示したイルカに、三代目が苦虫を噛み潰した顔でオレを睨み付けた。内心べーっと舌を出しながら、言い募る。
「誰か知らない人と過ごすぐらいなら、オレと一緒に居た方がいいよね?」
 勝ち誇って聞くと、イルカは首を横に振った。
「…ボクは一人で大丈夫です。誰の迷惑にもなりたくない…」
(えぇ〜っ)
「迷惑じゃないよ、イルカ。オレはイルカと暮らしたい。ねぇ、そうしよ?」
 説得を試みるがイルカは首を縦に振らなかった。焦るオレを三代目が溜飲を下ろしたような顔で見ていた。
「でも、イルカ…!」
「いい加減にせんか、カカシ。大体お主は里に家を持たんじゃろ。イルカをどこに住まわせるつもりじゃ? イルカをホームレスにするつもりか?」
「違います!」
 カッと頭に血が上って、思わず声を荒げた。
(いや、いやいやいや…)
 ここで冷静さを失えば、イルカを失う。
「…失礼しました。里での住処はすぐに用意します。それだけの財力はありますから」
 ふふん、と勝ち誇ると、三代目との間で火花が飛び散った。
(どうしてこうも、このじじいはイルカに執着するんだ?)
 オレの中で三代目の評価がぐーんと下がった。
「しかし、お主はまだ一四じゃろう。誰かの親になるには、ちと早すぎる」
 ぎりっと歯噛みしたくなった。暗部に推薦しておきながら、こんな時ばかり子供扱いする。
「おに…、はたけ上忍、もういいです…」
(んなっ!)
 イルカがしょぼんと項垂れていた。自分の事が口論の的になっているのがイヤなのだろう。おまけに「はたけ上忍」呼ばわりされて、距離まで開けられた。じじいがニヤッと口の端を歪めた気がした。
「よくないよ。オレはおじさんとおばさんに、イルカのことを頼まれてるんだから」
「えっ? 父ちゃんと母ちゃんに…?」
「そうだよ。九尾の事件の時に森で会ったよ。おばさんに、イルカを守って欲しいって言われた」
 言いながら、自分でもちょっと違うかな? と思ったけど、イルカの顔を見て、そのまま押し通すことにした。泣き止んでいたイルカの瞳にみるみる涙が溜まる。
「おじさんにも、傍で見守って欲しいって…」
「ぅっ…、ひっく……父ちゃん、母ちゃん…っ…」
 決まりだった。
 泣いているイルカを引き寄せて、そっと頭を撫でた。
「オレと一緒に来るね?」
 コクンと頷いたイルカに勝利の雄叫びを上げそうになった。
(やったーっ!やったっ、やったっ)
「…そう言うことです。三代目」
 イルカの見てないところでニヤリと口許が歪んだ。三代目が眉間に深く皺を刻んでオレを見ていた。
「……………仕方ないの。そう言うことなら、カカシをイルカの後見人と認めよう」
「後見人?」
「なんじゃ、後見人も知らんのか? まだまだ子供じゃの。後見人とは、法律上、親のいない未成年者を監督・保護する人間のことじゃ。カカシも未成年じゃが、親の遺言もある。特別認めるとしよう」
「ありがとうございます」
 少々嫌みったらしい口調が気になったが、イルカを手に入れた今、些細なことだった。
「これからヨロシクね」
 コクンと頷くイルカに歓喜した。
「じゃ、行こうか。イルカ」
「カカシ、お主、任務のこと忘れておらんじゃろな」
「もちろんですよ」
 ちゃんと両立してみせる。颯爽とイルカの手を引き、執務室を後にした。






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