言わせたい 16


 僅かな望みを胸の奥に抱いていたが、四代目の遺体が発見されたと報告を受けた。葬儀を里に残った大人達に任せて、オレは国境に陣を置いて里の警護に当たった。
 やはりと言うか四代目の言った通り、他里の忍が攻めてきた。第三次忍界大戦の後で表立った行動には出てこないが、幾度も里に侵入しようと試みる。
 オレはそれを見つける度に容赦なく叩いた。里の力が残っていることを示す為に血の雨を降らす。
 オレの悪鬼のような姿は他里に知れ渡り、名がビンゴブックに載った。
 亡くなった四代目の代わりに三代目が再び火影に就任した。そうして里が形ばかりの復興を遂げ、ようやく他里の襲来が収まった。
 オレは陣を解いて里に戻ると、イルカを探した。
 イルカの家のあった場所に行ってみたが、区画整理の為に家は取り壊され、別の家が建っていた。
 郷愁に駆られて居間や庭の様子を思い出した。
 あんなに大事にしていた場所だったのに、どうして忘れていられたのだろう。父の事でイルカやおじさんを恨んだオレはなんてバカだったんだろう。
 失ったものの大きさに胸が押し潰されそうになる。
 イルカを探す傍らで、死亡者リストにも目を通した。九尾の強大な力の前で遺体の残っていた者は少ない。そんな中で、イルカの両親の名前を見つけて落胆した。
 だけど、唯一希望の持てることもあった。
 リストにイルカの名前がない。
 オレは捜索の先を孤児の収容所や病院にまで広げた。でもイルカは見つからない。
(どうして…!)
 イライラとし始めた時、呼び出された火影室でオレは暗部への推薦を受けた。推薦と言っても、もう任命されたようなものだ。異論はない。
(だけどイルカを見つけてから…)
 そう三代目に懇願しようとした時、三代目の机の上にあった書類の束から、一枚の紙がはみ出ているのに気付いた。そこに貼られた写真に黒いしっぽが写っていた。
(イルカ…?)
 ぴっと束の中から書類を引き抜く。
「こりゃ! カカシ」
 三代目から叱責を受けたが、まったく耳に入ってこなかった。
 そこにイルカがいた。
(間違い無い)
 鼻に残る傷と、黒いしっぽ。なにより幼い頃の面影が残っている。イルカは記憶の中よりずっと大きくなっていた。
「三代目、この子は…?」
「ん? イルカじゃが…、なんじゃ、お主イルカと知り合いか?」
「知り合いもなにも幼なじみです」
「そうか…。イルカは今度の事件で二親とも亡くしてしまった」
「知ってます…」
 しばし沈痛な沈黙が流れた。
「…イルカは今どこに?」
「仮設で作られたアカデミーの寮に入っておる。イルカには里子の申請が出ておって、親の代わりとなる者を探しておる」
「オレがなります」
 考えるまでも無かった。イルカに保護者が必要なら、オレをおいて他にいない。
「は?」
 ぽろりと三代目の口から煙管が落ちた。
「だから、オレがイルカの親になります」
 書類を持ったまま瞬身した。
(イルカ…! イルカ!)
 やっと会える喜びに、全身の血が沸いた。人に聞けば仮設の寮はすぐに場所が分かり、急いで向かった。
(そうか、アカデミーに入る年になったのか…)
 おかしな話だが、オレの中でイルカは幼いまま時間が止まっていた。どんな風に変わっただろう。
 建物に入るとイルカを探した。部屋の一つ一つに窓が付いていて、中が覗けるようになっていた。
 部屋を覗いていくと、途中職員に見咎められて呼び止められた。火影の書類を見せて事情を説明すると、職員は部屋に案内してくれた。
「こちらです」
 ドアを示されて、ドキドキと部屋に近寄った。
「イルカ君、入るわよ」
 ドアを開けると部屋の隅で蹲っていたイルカの体がビクッと跳ねた。
(イルカ…?)
 立てた膝に顔を伏せたままでその表情は見えないが、オレが知るイルカとは随分印象が違っていた。オレの知るイルカはもっと快活だった。
「イルカ君、具合悪いの?」
 再度問いかけられて、イルカはようやく顔を上げた。
「いえ」
 その無気力な瞳に愕然とする。
「イルカ」
 オレは近寄って、イルカの傍に膝を突いた。
「誰…?」
「覚えてない? カカシだよ」
 口布を下ろして顔を見せた。じっとオレを見ていたイルカが目を見開いた。
「おに…ちゃん?」
「ウン」
 おにいちゃんと呼ばれた事に胸が震えた。見開いたイルカの瞳に涙の膜が張る。
「父ちゃんと母ちゃんが…」
「ウン、知ってる」
「ボクも追い掛けて行こうとしたんだ……でも止められて…」
 イルカの瞳に溜まっていた涙が溢れて頬を伝った。
「ウン。ウン…」
 オレはイルカの話に頷くことしか出来なかった。小さく蹲った体を引き寄せると、イルカは声を上げて泣いた。






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