言わせたい 15


2


 瞬く間に五年の月日が流れた。時代は悪化して、のちに言う第三次忍界大戦が勃発していた。
 オレは四代目を師にスリーマンセルを組んでいた。そこでリンとオビトに会い、――神無毘橋の戦いでオビトから写輪眼を貰い受けた。
 オビトを失ってマンセルは解散され、上忍に昇格していたオレは隊長として部隊を率いた。
 そして十四歳の時、九尾の事件が起きた。
 オレは任務で里外に出ていたが、里の郊外で正体不明の忍による不穏な動き有りの連絡を受けて、帰還したばかりだった。
 そこで見たのは異様な光景だった。里の上空が赤く染まり、山ほどもある巨大な狐が咆哮を上げていた。狐の禍々しいチャクラに里は焼かれ、至る所で炎が上がっていた。
 召集を受けて四代目の元に向かった時、すでにたくさんの命が奪われていた。
「先生!」
 姿を見つけて駆け寄った時、先生は赤子を抱いていた。
「ああ、おかえり。カカシ君」
 こんな時だと言うのに先生は笑ってオレを迎えた。
「見て、可愛いだろう。ボクの子供だよ」
「え…?」
 その子が先生の子だと言う事より、何故こんな所に? と思う気持ちの方が強かった。もうすぐここは戦場になる。恐らく生き残れる者はいないだろう。
「先生? どうして…」
「ん。今から作戦を伝えるよ。みんな、集まって!」
 伝えられた作戦を愕然と聞いた。そんな事が出来るのだろうか? あんな邪悪で巨大な九尾を小さな赤子に封印するなど…。
「それから十六歳以下の忍は前線から撤退。一時間後に作戦を開始する。散!!」
 各々が自分の持ち場に散っていく中、オレは自分の役割を聞こうと先生の元へ近寄ろうとした。だけど先生はオレを見ると、厳しい目で叱責した。
「なにしてるの、カカシ君。撤退命令はもう出したよ」
「えっ!?」
 でもオレは先生の弟子だ。どんな時でも傍にあるつもりだった。
「だけど先生…」
「時間が無い。早く行って」
 取り付く島も無いとはこのことだ。
「待って下さい。先生!」
(この人も、この人もオレを置いていくのだろうか? またオレは見捨てられるのか…?)
 漠然とそんなことを考えていたら、先生の拳が頬に飛んで来た。腰が抜けたようにへたり込むと、胸ぐらを掴んで引き起こされた。
「しっかりして、カカシ君! 君にはまだすることがたくさんあるんだよ!」
 先生の剣幕に腕の中の赤子が泣き出した。その子を優しくあやしながら先生は言った。
「九尾を倒して終わりじゃないよ。里が壊滅状態の今、木の葉を潰そうと他里の忍が攻めてくるかもしれない。だから里のみんなを守り、復興を手伝って。それにこの子の未来も…。ナルトの成長をボクの代わりに見守って。お願い出来るね、カカシ君」
 見つめられて、頷くしなかった。
 どうしてそんなにも強い視線でいられるのか不思議だった。これから死にに行くと言うのに。
 そんなオレの考えが表情に出たのか、先生は笑って言った。
「僕たちは死にに行くんじゃない。里の未来を残しに行くんだよ」
 それが先生の最後の言葉となった。



 込み上げそうになる涙を堪えて里に向かった。これから避難勧告を出して、さらにこの森から里の人達を遠ざけなければならない。
(岩場のシェルターがいいだろう。あそこなら、かなりの衝撃に持ちこたえられる)
 避難経路を考えながらも、前線から遠離る罪悪感に心が苛まれた。例え先生に言われても、あの場に残れば良かったと言う思いも湧き上がる。
 そんな時、里から前線へ向かう忍達とすれ違った。
「おじさん!?」
 思わず声を掛けると、集団から離れ、二人の忍が立ち止まった。イルカの父だった。そして母もいる。
「カカシ君かい? やぁ、久しぶりだね。随分大きくなって」
 感嘆する声音にそんな場合じゃ無いのに照れ臭くなった。
(本当に何年ぶりだろう。父が死んで以来だから六年ぶりか…。イルカはどうしているだろう…?)
 幼い顔が蘇ったが、すぐに追い払った。
「どうしてこんな所へ…。ここはすぐに戦場になります。撤退してください」
 オレの言葉におじさんは首を横に振った。
「私たちは前線へ行くよ。まだまだ人手が足りないだろう…」
「そんな…! イルカは? イルカをおいて行くんですか?」
 かっと頭に血が上った。大人達はどうしてこんなに勝手なのだろう。遺される者の気持ちが分かっていない。
 イルカは十歳になるだろう。親がまだまだ必要な年だ。イルカにオレと同じ気持ちを味合わせたくなかった。
 憤るオレにイルカの両親が顔を見合わせてから言った。
「カカシ君。君も忍なら分かってるよね? 私たちには役目がある。それはイルカの為でもあるんだよ」
「こんなお願いをするのは勝手だけど、…どうかイルカの事をお願い。あの子はあなたに懐いていたから、きっと言う事を聞くと思うの。正しい道に導いてやって――」
 私たちの代わりに――。
 聞こえない声が聞こえるようだった。正直、またかと言う思いが込み上げる。
(どうして…!)
 自分で見守ろうとしない。ナルトにイルカ、二人の未来を担うには、オレの肩に重すぎた。
(父さん…!)
 もういない父に縋った。捨てられてから初めて。それぐらいどうして良いのか分からなかった。二人を止めたい。
(どうしたら止められる…)
 父の大きな背中を思い出した。頼りがいのあった背中を――。
「アナタ、先に行くわね」
「ああ」
 黙り込むオレに、イルカの母はそう言い残して行った。自分の無力さに押し潰されそうになる。
(もう誰にも死んで欲しくないのに…!)
「…カカシ君、お父さんのことを恨んでるかい?」
 おじさんの言葉にハッと顔を上げた。オビトのおかげで、父の取った行動が今では間違いでなかったと思えるが、オレを遠ざけ、遺していった事実は変わらない。
 父に捨てられた、と言う気持ちは依然根強く残っていた。
「…父は、オレを捨てた…!」
「そうじゃないよ。サクモさんはとても君を可愛がっていたよ」
 あの夏の夜の事を言っているのだろう。
「サクモさんは、君にまで中傷が及ぶことを心配していた」
「え…?」
「一緒に任務に出れば、大人より子供の君へいやがらせが向きやすい。だから君を残して行ったんだよ」
「そんな…」
「親はいつだって子供のことを想うものだよ」
 ぽんとオレの肩を叩いて、おじさんは背を向けた。



 茫然と森の中を走っていた。おじさん達がイルカへの言葉を残して行かなかったことに気付いたのは随分経ってからだった。オレに言葉を掛けるより、イルカに伝えたいことがあっただろうに。
 後悔は何故いつも後から押し寄せるのか。オビトやイルカの両親、そして父さん。話したいとこはもっとあったのに――。
「くそっ…」
 俯きそうになる顔を上げた。オレには担うべき役目がある。
 里に着くと怯え、傷付いた者達を岩場のシェルターへと誘導した。居合わせた忍達で隊を編成して避難活動を勧める。崩れた瓦礫に残った者がいないか捜索している時、空に巨大な死神が出現した。
(なにアレ…)
「…ッ!」
 その時閃光が夜空を走って、目の前を見えなくした。次いで衝撃波が襲い、体が飛ばされそうになる。なんとか耐えて目を開けた時、九尾も死神もいなくなっていた。
(終わったのか…?)
 静かになった里に、パチパチと木が燃える音だけが響いた。
「はたけ隊長! 今のは…」
 ポツポツとオレの周りに人が集まりだした。
「四代目の術が発動したんだと思うよ…。…オレは隊長じゃなーいよ。…ま、いっか。残った者を集めて。編成を組み直すよ」
「はい!」
 この状態で、まだ動く気力が残っているのを頼もしく思った。オレ一人なら立ち止まっていたかもしれない。
(イルカ…)
 ふと心に灯が灯るようにイルカが思い浮かんだ。イルカは無事だろうか。捜索中にイルカの姿を見かけなかった。
(イルカ、生きていて…)
「隊長! 集まりました」
「ん。じゃあ言うよ」
 今は里の復興の事だけを考えた。






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