絶対言わない 5
病室に着いたのはちょうど朝ご飯の時間だった。
薬品の匂いに混じって食べ物の匂いが廊下を満たす。
部屋に入るとカカシは俺を見てぱあっと笑顔を浮かべた。
「おはよー、イルカ」
「おはよ、着替え持って来たよ」
「アリガト、そこの棚に入れといて」
「うん」
それとなく扉の影に隠れてカカシの視線から逃れた。
夢や朝のことがあってカカシの顔が見にくい。
「イルカ、もう朝ご飯食べたの?」
「うん」
「ちぇ。いーなあー」
カツカツと金属がプラスチックを叩く音が聞こえる。
こっそり見たら、カカシがつまらなそうに皿を突付いていた。
食事はほとんど減ってない。
「なにやってんだよ、ちゃんと食えよ」
「だって、マズいんだもん」
「わがまま言うな。体にいいんだからな」
「ええー・・、そんなこと言うならイルカも食べてみてよ。ホラ」
フォークに突き刺さった魚・・らしきものを差し出されて怯んだ。
正直言って、俺も病院食は嫌いだ。
なんだってあんなに味が薄いんだろう。
せめてもうちょっとダシをしっかりとってくれたらいいのに・・。
「俺は食べたって言ったろ。カカシが食え」
フォークを取って逆にカカシの口元に持っていくと、カカシがきょとんとした。
あの驚いた顔。
逆襲成功だ。
「ほら」
口を開けろと促すと、少し目を伏せたカカシが口を開いた。
ぱくっと口が閉じたのを見計らってフォークを引き抜く。
もぐもぐ動く口に満足してフォークを返した。
「ちゃんと食え」
「・・うん」
やけに素直になったカカシが可笑しくて、近くにあったイスを引き寄せると傍に座った。
もごもごと、そして少し不服そうに口を動かす。
そんなカカシを見ていると昔のことを思い出した。
「なぁ、覚えてる?一番最初に料理したこと・・」
「忘れるワケないじゃない。あんなマズイもの食べたの後にも先にもあの時だけだよ」
「あははっ、カカシが塩を入れすぎたから」
「ちがうよ!イルカが酢を入れたからだよ」
「あれはお酒と間違えたんだって!」
互いの両親が任務に出て、二人で留守番してる時にお腹が空いて台所に立った。
見よう見まねで作ったうどんはダシも取らずに作った上、塩や酢が入って奇天烈な味になった。
捨てるのは勿体無いと泣きそうになりながら食べたあの味は一生忘れることが出来ない。
最もその経験があったから、今はもっとマシなものが作れるようになったが。
「あの頃は酷かったよね。何作ってもマズくて」
「でもカカシの方が早く料理が上手くなった」
「だって餓死すると思ったもん。イルカ食べ盛りだったし」
「俺、カカシの作るご飯大好きだよ。一番美味しい」
「そう?オレはイルカの作った方が好き。玉子焼きとかすっごく美味しいもん」
「ホントに!?・・えっと、あるけど、食べる・・?」
嬉しくなって返事を待たずにカバンを開けた。
中から弁当を取り出して包みを開く。
ぱかっとフタを開くとご飯とおかずが半分半分になった弁当を差し出した。
おかずの所に黄色い玉子焼きがある。
「えっ、いいの?」
頷いた時には玉子焼きはカカシの口の中に消えていた。
「おいし〜!すっごく久しぶりにイルカの玉子焼き食べた」
もぐもぐ口を動かすカカシの顔に喜びが広がっていく。
それはそのまま俺の喜びとなって胸いっぱいに広がった。
「もいっこ食べていいよ」
「いいの?無くなっちゃうよ」
「いい」
手を伸ばしたカカシの口の中に消えていった玉子焼きは、今度は味わうようにゆっくり咀嚼された。
もぐもぐしていた動きが止まり、喉を通過していく。
「いーな」
さっきまで幸せそうな顔をしていたカカシが唇を尖らせていた。
「なにが?」
「オレもお弁当食べたい。イルカ、オレにも作ってよ」
「えっ、だって病院のご飯が・・」
「これだけじゃあ足りないよ。オレ、病人じゃないのに。傷がくっつくまで安静にしてるだけだから自宅療養でもいいって言ったのに・・」
一人暮らしだから許可が下りなかったのだろう。
俺の時もそうだった。
そんな時、思った。
帰っても誰も居なくて、病院でも一人で――。
「・・いいよ。明日から持ってくる」
「いいの?」
急に遠慮がちになったカカシに笑った。
「うん、一緒に作るだけだから手間じゃないし、いいよ。でもあんまり期待するなよ」
「うん!やったー!イルカ、ダイスキ!!」
ダイスキ、ダイスキ、ダイスキ・・。
カカシが何気ないつもりで言っただろう言葉は、俺の中で盛大に繰り返された。
ふわーっと体が浮き上がったような高揚感に包まれる。
「お、おおげさだな・・、カカシは・・!」
軽口も上手く叩けなくなって、カバンを掴むと立ち上がった。
これ以上カカシの傍にいるとおかしくなりそうだ。
「じゃあ、もう俺行くから」
「うん。ねぇ、良かったから帰りも寄って」
「わかった。じゃあ」
「いってらっしゃ〜い」
「行って来ます」
カカシに見送られてふらふらしながら病室を出た。
弁当を忘れたことに気付いたのは昼休みになってからだった。