言わせたい 10
「イルカ、行こう!」
「うん!」
バケツと釣り竿を持って山に向かった。山奥の沢に良い釣り場があるのだ。
とうさんとサバイバル演習をしている時に見つけた。その沢で岩魚を捕って食べた。とても美味かった話をすると、イルカが行きたいと言い出した。
子供の足で山を登るのは無理だと思ったが、イルカはどうしてもと言って聞かない。
結局、無理だったら途中で引き返すことを約束させて、今日に至った。
無理だと思ったが、イルカと遠出するのは楽しかった。話をすると、おじさんは許してくれた。
「イルカをよろしくね」
信頼されているのが嬉しかった。
山道を歩いていると、夏の日差しがカンカンに照りつけた。イルカはまだまだ元気で、鼻歌を歌いながら突き進む。
「おにいちゃん、お魚たくさんとれるかな?」
イルカを突き動かしているのは、旺盛な食欲だ。イルカはとても食いしん坊だった。
「たぶんね」
オレがそう請け負うと、イルカは俄然やる気を出した。
休憩を挟みながら沢へ向かった。イルカは疲れた顔をしながらも、木の実を採って口の中に入れてやると、その度に元気になった。
「この実なんて言うの?」
「ルリ。瑠璃色をしているから。似ているのでシバルリって言うのがあるけど、そっちは食べちゃダメだよ。毒があるから。ホラ、コレ。葉っぱで見分けるんだ。
見分けが付かない時は、実を石で潰して汁の色を見るといいよ。ホラ、しばらくすると色が変わるでしょう」
「ホントだ」
「この汁は触っちゃダメ。痒くなるから」
「うん」
イルカはこの手の話を好んだ。山道を歩きながら、見つけた山菜や木の実の話をすると、イルカは熱心に聞いた。
俺はこれらのことを前に任務で一緒になった中忍から聞いた。イルカの関心を惹くのがあの中忍の知識だと言うのがしゃくに障ったが、アイツもたまには役に立つものだ。イルカの楽しげな顔に目を瞑った。
途中、汗を掻いたイルカの頬に、伸びかけの髪が張り付いていているのを見てクナイを抜いた。蔓草を切って、それで髪を結い上げると、ちょんと子犬のしっぽみたいな束が出来た。
「涼しくなったでしょう?」
「うん! カッコイイ?」
「ウン、いい」
誉めるとイルカはまた元気になった。
ようやく着いた沢でイルカは歓声を上げた。そこは前に遊んだ川より澄んでいて、全くの自然の形を保っていた。川の両端を木々が覆い、水の流れは穏やかで、川底の丸い石を撫でるように進む。
バケツに水を汲むと、さっそく釣り糸を垂れた。餌はその辺を飛んでいた虫だ。流される糸の先を見ながら、魚が食い付くのをじっと待った。
ぼーっと待ち構えて、しばらく経ってから針を引き上げると、餌の虫は無くなっていた。
「…食べられたのかな?」
イルカの釣り針も同じだった。
(父さんはどうやって釣ってたっけ?)
考えながら羽虫を捕まえると、再び糸を垂れた。
同じ事を何度も繰り返す。
イルカは先に飽きて、オレの隣で膝を抱えた。うつらうつらと眠そうな目で水面を眺めている。
オレは内心焦った。楽しみにしていたイルカをガッカリさせてしまう。それに一匹も釣れないなんてカッコ悪くてイヤだ。
オレはチャクラを使って、魚の動きを探った。居るには居る。石の下で身を潜めているようだった。そこに羽虫の着いた糸の先を持って行く。
(来い、来い、来い)
念じるように祈った。すると、糸の先で何かが触れる感触が竿に伝わって来た。じっと我慢して糸が引くのを待つ。
(来た!)
竿の先がビクビクと揺れて、ぐいっと糸を引かれた。
「来たよ!」
声を上げて竿を引くと、糸の先に魚が食い付いていた。魚は逃げようと水しぶきを上げて身を躍らせる。イルカが「わぁっ」と歓声を上げた。
「おにいちゃんガンバって!」
俄然やる気が湧き上がる。リールを巻き、竿の先を高く上げて魚を引き寄せた。糸を捕まえると、針を咥えた魚がビチビチと跳ねた。
「うわぁいっ、やったーっ!」
イルカが両手を挙げて飛び跳ねた。オレは得意な気持ちになって、魚を針から外した。
バケツに入れると、魚はくるりと水の中を泳いだ。
イルカと顔を見合わせて、喜びを分かち合った。
「おにいちゃん、すごいっ!」
「そんなことなーいよ」
そう言いながら鼻高々だ。あともう一匹釣れば、二人分の昼食になる。
太陽の位置を確かめて、再び糸を垂らした。
イルカが空腹に顔を顰めそうになった頃、幸い二匹目の魚が釣れた。
「イルカ、小枝を拾ってきて」
「うん」
「あんまり遠くへ行っちゃあダメだよ」
「うん!」
近くに落ちている枝を昼かが拾い集めている間に、オレは山菜を探した。人の入り込まない山に山菜は豊富で、遠くに行かなくてもすぐに昼食に必要な分は集まった。
「おにいちゃーん、木の枝集まったよ」
「ウン、こっちも」
イルカの元に戻ると石を積んで竈を作った。その中にイルカが集めた枝を入れて火を付ける。リュックの中から持て来た鍋を取り出して、川の水を入れると火に掛けた。お湯を沸かす間に、川底からなるべく平らな石を探すとまな板代わりに使った。
山菜を刻んで、バケツの中を泳いでいた魚を掴む。魚にクナイを入れようとした瞬間、イルカが「かわいそう…」と呟いた。隣を見ると、イルカが悄気た顔をしている。泳いでいる姿をじっと見ていたから、情が湧いたのだろう。
「…ウン、そうだね。でもオレ達は命を食べないと生きていけないんだよ。だから、残さず食べてあげようね」
「…うん」
イルカが頷いたのを見てから、魚の腹にクナイを入れた。内臓を掻き出して綺麗にしていると、頭上で鳶が鳴いた。これが目当てかと腑を河原に投げてやると、鳶が大きな羽を広げて河原に降り立った。
こっちを警戒するように腑に歩み寄ると、嘴で啄んで空へと舞い上がる。
「鳥さん、魚食べたよ!」
「ウン。オレ達と同じだーね」
イルカが去って行く鳥をいつまでも見ていた。
「…ボク、今まで嫌いなもの残してた…」
「これから食べるようにするといいよ」
「うん、もう好き嫌いしない」
「そうだね」
納得したように頷いたイルカは、少し大人びて見えた。