言わせたい 7
任務を終えて帰還する途中で小さな里に立ち寄った。今夜はこの里に泊まる。
今回の任務の隊長だった父さんは宿を決めてマンセルを解散させると、夕食までの間、オレを連れて繁華街に出た。
オレは何をするでもなく、父さんの後を付いて店先を覗きながら、今回の任務を振り返った。
今回の任務はいつもと違っていた。任務自体はある店から持ち出された約束手形を奪還する簡単なものだった。ただ奪還先が大きな屋敷で警備が固く、侵入に手間が掛かりそうだったからBランクに設定されていた。
父さんは今回のスリーマンセルにまだ中忍に成り立ての若い忍を選んだ。どうしてこんなヤツと思ったが、父さんが決めたことだから口出ししなかった。
だが実際、任務先に向かうまでに分かったことだが、やはり中忍の能力は未熟で任務先につくまでに息切れを起こして、何度も休憩を入れる羽目になった。
こんな事なら父さんとツーマンセルの方が楽だ。中忍が休憩を求める度に喉まで出掛かりそうになる言葉を必死で飲み込んだ。代わりに、
「…走り方が悪いんだよ」
「え?」
ぼそっと言うと、中忍が顔を上げた。
「走ってる間、ずーっとチャクラ使ってるから疲れるの」
「だって、君たち親子のスピードが速いんだもん。チャクラを使わないとついて行けないよ」
「だから! 地面を蹴る時にだけチャクラを瞬発させればいーの!」
「そんなこと出来るの?」
きょとんとする中忍に苛立って、回転の悪い頭の上にげしっと足を乗せると、チャクラを瞬発させて後ろに飛んだ。
「いてっ!」
頭を押さえた中忍が悔しそうにオレを見たが、はっとした顔をして、それから「なるほど」と呟いた。
「分かった気がする…。だけどな、カカシ! 人の頭に足を置いたら駄目なんだぞ! 仮にも俺は年上なのに…っ」
「ふん。エラそうにしたいなら実力付けてからにしてよ」
「うっわ〜、可愛くねぇ!」
中忍はそう言ったが、それから何かにつけてオレに教えを請うた。
『白い牙』と証される父さんより、オレの方が聞きやすかったのかもしれない。オレは父さんに教わってきたことを中忍に伝えた。
面倒だったけど、いつかイルカに教える日が来るかもしれないと思ってからは、そう面倒では無くなった。
「カカシ〜見てみろ。ワラビ採ってきたぞ」
そして妙に懐かれた。中忍は野草に詳しく、野営をしても食材に困らなかった。
「おひたしにして食べると美味いんだよなぁ。待ってろ、今作ってやるからな」
「ちょっとやめてよ…。馴れ馴れしくしないで」
「なんだよ、照れてるのか? お前も可愛いとこあるんだなぁ」
「うるさいよ」
頭を撫でようとする手を払って逃げた。
そんなオレ達を父さんは笑って見ていた。
意図せず中忍と仲良くなった結果、チームワークが格段に良くなった。
任務でも中忍はよく働き、また行動パターンが読めたから、こちらも動きやすかった。それは向こうも同じようで、先を読んでサポートしてくる。
難しいとされていた侵入はあっけなく済んで、約束手形も奪還できた。
実力主義だったオレが、チームワークで各個人の能力が上がると知ることが出来た任務だった。
「…どうした、カカシ。疲れたか?」
「ウウン、なんでもない」
物思いに耽るオレに父さんが話しかけてきた。中忍は父さんのことを偉大な忍と言ったけど、それはオレにとっても同じだった。父さんはオレの誇りであり、目標でもある。
いつか父さんみたいな忍になりたい。
オレはいつも父さんの背中を追い掛けた。
疲れを見せない父さんに、しゃきっと背筋を伸ばした時、視界の端に色が映った。目をやると、たくさんの色鉛筆が並んでいた。
(クレヨンもあるかな…)
イルカの短くなったクレヨンを思い出して、ふと思った。
(お土産を買って帰りたい)
「…父さん、お金ちょうだい」
気付いたらそう口に出していて、はっとした父さんにオレもはっとなった。
オレも中忍だから報酬は出ていたが、普段からお金を持ち歩いていなかった。いつも父さんがいっしょだったから自分でお金を持つ必要がなかったし、お土産を買いたいと思ったことも無かった。
「なにか欲しいものがあるのか?」
妙に嬉しそうな父さんに聞かれて、カッと頬が火照った。イルカにお土産を買って帰りたいと言うのが気恥ずかしい。
言ったことを引っ込めるように押し黙ると、父さんは財布からお金を出した。
「夕飯までには戻るんだぞ」
「ウン」
何故か寂しげな顔になった父さんに首を傾げたが、お金を受け取ると画材屋に入った。
狭い店内を探してクレヨンを見つけた。イルカの持っていたクレヨンと同じ箱を見つけて手を伸ばし掛けたが、もっと大きな箱を見つけて、そっちを手に取った。
箱を開けて中を見ると、たくさんの色が並んでいる。絵を描かないオレから見てもそれはキレイで、オレはそっちをレジへ運んだ。
「プレゼントですか?」
聞かれて僅かに顎を引いた。綺麗な紙で包装され、リボンが掛けられていくクレヨンにイルカの笑顔へと思いを馳せた。
(別れた時は泣いていたけど、今は笑っていてくれると良いな)
綺麗に包装されたクレヨンを持って帰ると、宿屋の入り口で中忍とかち合った。オレが持っていた箱を見てニヤリと笑う。
「なんだ、カカシも彼女にプレゼントを買いに行っていたのか? 何買ったんだ? 見せてみろよ」
「うっさいよ! バーカ!」
「バカとはなんだ! こっちのことでは俺の方が明らかに先輩だろ」
こっちと小指を立てる中忍に、冷めた視線を向けた。
「バカだからバカって言ったんだーよ」
イルカは恋人じゃない。弟みたいなものだ。だけどそれを中忍に説明するのは勿体ないから黙っておいた。中忍はそれをオレが隠していると思い込んで聞きたがる。
ぎゃあぎゃあ騒ぎながら部屋に戻ると、先に戻っていた父さんがオレ達を待っていた。
それから二日掛けて里に戻ると、オレは父さんがイルカの家に行こうと言うのを待った。イルカの父から遊びに行っても良いと言われたが、社交辞令かもしれない。ちゃんとした誘いを受けたかった。
だけど父さんは次の任務に追われて余念が無かった。
早くイルカにクレヨンを渡したかったオレはジリジリと待っていたが、ついに家を抜けだしてイルカの家に向かった。
ちょっと遠くからイルカの様子を窺うだけだ。元気に笑っていたらそれで良い。
偶然会った時のことを考えてクレヨンは持って来た。家の周りをうろうろして、イルカの姿が見えないか探した。
声が聞こえないか耳を澄ませる。
そう言えば、イルカは両親が任務に出ている時、母の友人に預けられると言っていた。
(今はいないかもしれない…)
気落ちして俯くと、女の人に声を掛けられた。
「アレ? カカシ君じゃない?」
ハッと顔を上げるとイルカの母がいた。買い物袋を持ってオレを見ていた。
「イルカに会いに来てくれたの? 家にいるから入って」
「え、あっ…」
強引に背中を押されて顔が火照った。こっそり窺っていたところを見られたのも恥ずかしいが、イルカに会いに来たことを言い当てられたのも恥ずかしい。
でも体は正直で、足は促されるまま前に進む。
「イルカー、カカシお兄ちゃんが遊びに来たよー」
玄関を開けてすぐにイルカの母が声を上げると、とたとたと走ってくる足音が聞こえた。
「きたきた」
イルカの母が可笑しそうに笑って言う。
「上がって」
「はい」
サンダルを脱ぎかけていると、イルカが姿を見せて、ぱあっと笑顔を浮かべた。
「おにいちゃん!」
はっと予感がして身構えた途端、イルカがとんっとジャンプした。ドンと抱き付かれて、その小さな体を受け止める。前に父親に同じ事をしたのを思い出した。イルカの親愛の情を現れだろうか。
(だったらいいな)
「イルカ、それじゃあお兄ちゃんがお家にあがれないでしょう?」
母親に言われるとイルカは素直に下りて、オレがサンダルを脱ぐのを待った。
「あのね、あのね」
それでも待ちきれないのか腕を引く。小さな指に腕を掴まれてくすぐったい気持ちになった。
家に上がると、イルカの母は台所へと入っていった。オレはイルカに連れられて居間に向かった。イルカは絵を描いていたらしく、クレヨンと画用紙が広げてあった。
「はいコレ」
オレは直ぐさまイルカにクレヨンを渡した。
「なぁに?」
「お土産だーよ」
「開けていい?」
「ウン」
オレはそわそわと落ち着かない気持ちでイルカの反応を窺った。小さな手が悪戦苦闘しながらリボンを解いて、包装紙を破った。中から出てきた箱を開けたイルカの表情が輝いた。
「色がいっぱい!」
「ウン。…嬉しい?」
「うんっ!」
大きく頷いたイルカに心が満たされた。
「アラ、いいの貰ったわねぇ〜」
イルカの母がお茶を持って居間に入ってきた。
「うん! 僕の宝物にする!」
「そう。カカシ君、ありがとう」
「いえ」
イルカの母に見つめられて頬が火照った。
「イルカ、ちゃんとお礼は言ったの?」
「まだ。お兄ちゃんありがとう!」
「…ウン」
照れ臭くて仕方なかった。頬がパチパチするほど血が集まった。感情をコントロール出来なかった。
嬉しくて、顔が勝手に笑う。
「お兄ちゃん、一緒に絵を描こう?」
「ウン」
イルカに手を引かれて、新しいクレヨンを手に取った。