言わせたい 6
イルカの母が作った料理はどれも美味しそうだった。居間に用意したテーブルにたくさんの料理が並ぶ。空いた席に座ると、イルカがとてとてとやって来て隣に座った。
「あらイルカ、今日はそこに座るの?」
「うん」
母親の横に用意されていたイルカ用の箸や器が回される。手の届かないイルカに変わって、おかずを取る役目を言いつかった。
「イルカ、何食べたい?」
「からあげ!」
箸で持ち上げると驚くほど大ぶりだったそれをイルカの器に入れる。イルカはフォークをぐさりと刺して唐揚げを持ち上げると大きな口を開けてかぶり付いた。
「カカシ君、イルカに野菜も食べさせるようにしてね」
「はい」
「カカシ君もいっぱい食べてね。おかわりはたくさんあるから」
「はい、いただきます」
そう言いながら、イルカの器にサラダや魚を盛りつけた。イルカは運ばれて来たおかずをせっせと口に運んだが、ピーマンの炒め物を入れようとした時だけ、大人に見えないようにテーブルの下で小さく手を振った。
「僕、ピーマン食べられない」
小声で必死に言うイルカに可笑しさが込み上げる。大人達を見ると会話に夢中だった。それならと自分の口に運ぶと、イルカがオレの口許をじっと見ていた。
「おにいちゃんはキライな食べ物ないの?」
「なーいよ。なんでも食べないと立派な忍になれないって言われてるもん」
オレがそう言うと、イルカは吃驚した顔でオレを見た。
「じゃあ僕も食べる!」
「そう?」
千切りにされたピーマンを二本取って器に入れた。イルカは恐る恐るフォークでそれを突き刺すと、えいっと顔を顰めて口に入れた。
もぐもぐと口を動かして、苦そうな顔をする。
「イルカは忍者になりたいの?」
「うん、とうちゃんみたいな忍者になる」
母親みたい、なら上忍なのに。
「イルカはとうちゃんの方がスキなの?」
「うん! でもかあちゃんも同じぐらいスキ!」
「そう」
比べられるものじゃないらしい。
イルカは何とか一本食べきると二本目に挑戦した。じっくり噛むことを避けて、ばくりと口の中に入れると飲み込んだ。
「食べれた」
食べたと言うには微妙だが、「エライ」と誉めるとにかーっと歯を見せて笑った。
「これで僕も忍者になれる?」
「ウン。なれる」
冷静な目で判断すると、現時点では何とも言えない。イルカの顔を見ていると、忍者には向かない気もした。それでもイルカの夢を壊したくない。
もう一度、「なれるよ」と言うと、イルカは「一緒に任務に行けるかな?」と聞いた。
(ああ、そうか)
オレが一緒に行ってイルカを守ればいい。
ウン、と返事するとイルカは喜びに堪えきれない顔をした。
食後も一緒に過ごして帰る時、父親と手を繋いだイルカが玄関先まで見送ってくれた。
「…帰っちゃうの?」
「ウン。明日の任務あるし、朝早いから」
「……」
「さ、イルカ。カカシお兄ちゃんにおやすみを言って」
父親に促されると、イルカはぐっと口角を下げた。その目にみるみる涙が溜まる。
「イルカ?」
「…帰っちゃやだ…」
うわーんと泣き出したイルカにイルカの父が驚いた顔をした。
「イルカが泣くなんて…」
よいしょとイルカを抱き上げて、その小さな体を揺らした。イルカは父親にしがみ付いて泣き声を上げる。
「長居してイルカ君を疲れさせちゃったかな」
父さんが申し訳なさそうに言うと、イルカの父は笑顔で首を横に振った。
「カカシ君といて楽しかったんでしょう。また来てやって下さい。カカシ君、良かったらいつでも遊びに来てね」
頷いてイルカの家を後にすると、泣き声が追い掛けて来た。
(イルカと兄弟だったら良かったのに…)
小さくなっていく泣き声に後ろ髪を引かれて、そんなことを思った。
そしたら寂しい思いをさせないのに。