言わせたい 2


1



 オレがイルカと初めて出会ったのは、オレが七歳、イルカが三歳の時だった。
 その頃オレはすでに中忍で、父さんと同じ任務に就くようになっていた。そのことはオレの自慢であり、誇りでもあった。
 ある日オレは父さんに連れられて、知らない家の門を潜った。次の任務の打ち合わせだと言う。父さんは以前にもこの家に来たことがあるのか、呼び鈴を鳴らさずに脇に逸れると庭に回った。
「海野」
 声を掛けると、しゃがんで土を弄っていた男が顔を上げた。
「ああ、サクモさん。こんにちは」
 『海野』と呼ばれた男は、すぐにオレにも気付いて目を細めた。
(…中忍)
 その頃のオレは相手を計るのがクセで、すぐに男の力量を見抜いた。オレと同じくらいか、ちょっと下か。穏和な表情は男を頼りなく見せた。
(この人も次の任務に同行するのかな…)
 少しイヤだと思った。任務の内容はまだ知らないが父さんと二人だけで十分だ。
 挨拶を済ませると、男は少し屈んで自分の後ろに手を回した。
「イルカ、ご挨拶をしなさい。サクモさんとカカシお兄ちゃんだよ」
「おにいちゃん…?」
「そう」
 促されて父親の後ろから顔を出したイルカは、オレをチラリと見るとすぐに顔を隠した。父親の足にぎゅっとしがみ付く姿はまだ幼い子供だった。
「コラコラ、イルカ」
「ハハハ、イルカ君久しぶりだね。いくつになったのかな?」
(えっ)
 こんな風に話す、父さんの柔らかい声を初めて聞いて吃驚した。オレの前では、いつも芯の通った声で話す。父さんはオレの親である前に師だった。
 イルカと呼ばれた子供は再び顔を出すと、不器用に指を二本立てて見せた。
「おや、イルカ。違うだろう? イルカは三歳になっただろう?」
 イルカの父が小さな薬指を摘んで立てた。するとイルカはにっこり笑って手を突き出した。
「三歳!」
「そうかぁ。イルカ君は三歳か」
 父さんの猫なで声にイライラした。くだらない遣り取りはどうでも良い。さっさと打ち合わせを済ませて帰りたかった。苛立ちを堪えていると、振り返った父さんがオレの肩に手を置いた。
「カカシ、イルカ君と遊んであげなさい」
「えっ」
  父さんの言っていることが理解出来なかった。オレと任務に行くんじゃなかったのか。
「私は彼と打ち合わせがあるから。…そうだな、二時間もあれば済むよ」。
「イルカ、良かったな。お兄ちゃんが遊んでくれるって」
「うんっ!」
 茫然としてる間に、父さんと男はイルカを残して家の中に入ってしまった。
(バカバカしい)
 父さんの仕打ちに自尊心を傷付けられたオレは、海野の家を出てずんずん歩いた。帰るつもりだったが、イルカはオレの後をどこまでも付いて来た。
(勝手に来たんだ。迷子になったって知るもんか)
 そう思っても、頼まれた責任感から無碍に出来ない。適当な草むらを見つけて腰を下ろすと、幸いイルカは一人遊びが好きなようで、放って置いても石や枝を集めて遊んでいた。
(…くそっ!)
 苛立ちから地面を蹴りつけた。中忍になって一年。様々な任務をこなして一人前になったつもりだったのに、子守なんてくだらない仕事を言い付けられた。
 ――父さんはオレよりあの男を選んだ。
 それがなによりオレを傷付けた。
(オレの方が父さんを知ってる。オレの方がちゃんとサポート出来る!)
 あんな男に負けたなんて思いたくなかった。その悔しさは、男の子供に向いた。瞬身で木の枝に上がると、せっせと石を積んで遊んでいたイルカから身を隠した。
 しばらくの間イルカは気付かなかった。それからふと顔を上げて、オレが居ないことに気付くと、立ち当たって辺りを見渡した。
「…おにいちゃん?」
 返事をしないでいると、イルカの口角が下がってふるふる震えだした。
(あ、泣く)
 泣いたら泣いたで、手に負えないと連れて帰るつもりだった。これ以上、子守なんて下忍のする仕事を続けるのはゴメンだ。だけどイルカはぐっと唇を引き結ぶと、もう一度しゃがんで遊び出した。
(なんだ…)
 つまらない。それから一時間ほど放ったらかした後、オレは木を下りてイルカに声を掛けた。
「イルカ、帰ろう」
 弾かれたように立ち上がったイルカは、オレを見つけて駆け出した。
(怒ってるのかな…)
 走ってくるイルカの顔を見てそう思った。だけどイルカはオレの手をぎゅっと握ると笑顔を浮かべた。
「おかえり! カカシおにいちゃん」
「おかえり?」
 イルカの言う意味が分からない。所詮子供の言う事だと、深く考えずにイルカの家に向かった。
 家に帰り着くと、打ち合わせが終わったのか父さん達は庭に出て談笑していた。イルカが自分の父親の姿を認めて走り出した。オレはイルカを放っていた後ろめたさから、トボトボ後を付いて行った。イルカに告げ口されるんじゃ無いかと、気が重くなる。
「とうちゃーん!」
「お帰りイルカ、楽しかったかい?」
「うんっ! あのね、草がいっぱい生えてるトコまで行った」
「そうか。良かったな」
「うん!」
「カカシ君、イルカと遊んでくれてありがとう」
「…いえ」
 オレは何もしていない。どうしてイルカがそんな風に言ったのか分からなかった。






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