絶対言わない 32
夏の朝は日が昇るのが早い。
瞼の向こうに光が射して、眩しくて目が覚めた。
瞼を開くと銀色のふさふさが目の前に広がる。
朝の光がカカシの髪に照りつけ、眩しさの原因はこれかと髪を掻き回した。
こんな風に目が覚めるのは何回目だろう。
最初の頃は隣で眠るカカシを実感して、嬉しさのあまり回数を数えていたが、今では納得してカーテンの隙間から入ってくる光を遮断する。
薄暗くなった部屋にカカシの頭を抱えなおして、もう一度目を閉じようとして考え直した。
ひどい寝相だ。
ベッドの上の方にずり上がった俺はカカシの頭を抱えて、どっかと真ん中に眠るカカシの胸の上に片足を乗せていた。
胸を圧迫されて苦しいのかカカシの顔が赤く染まっている。
だけど足を降ろそうにも、カカシが掴んで離さなかった。
「・・カカシ」
「・・ん・・」
軽く揺すると薄く瞼を開いたカカシが足を離した。
寝惚けながら俺の体を引っ張って隣に寝かせようとする。
されるままカカシの胸に顔をつけ、背中に手を回すともう一度目を閉じた。
背中を抱かれて満足する。
こうして寝たら一人用のベッドだって狭くない。
なのに。
「もっと大きいベッド買おっか?」
もそもそとご飯を食べながらカカシが言った。
寝起きのカカシは締りがなくて、なんだか山羊みたいだ。
ぼさぼさの頭やぼうっとしたところがカカシを可愛く見せる。
だけどその提案は頂けなかった。
「置けるところがないよ・・。それに部屋が狭くなるし・・」
それにカカシとの距離だって遠くなる。
一緒に寝てるのに離れてたらそんなの意味ない。
でも――。
「カカシ、寝にくい?眠れないんだったら俺――」
「ちがう、ちがう!イルカがよく目を覚ましてるから・・」
「え、俺・・?」
申し訳なさそうにこくりと頷くカカシに、目が覚める理由を思い浮かべてニヤリとした。
「俺が目を覚ます原因を取り除くんなら、カカシ、丸坊主にしないといけなくなるよ」
「えっ!?」
「眩しいよ。カカシの髪」
慌てて頭を抱えるカカシに吹き出すと、妙案が浮かんだ。
「なあ、カーテン買おう?遮光のやつ」
そしたら光も遮断して、夜も中が透けなくて一石二鳥だ。
前からカーテン越しに見える夜の景色が気になっていた。
カカシは向こうからは見えないっていうけど。
「俺、買ってくるね」
お椀を傾け味噌汁を飲み干しながら、決定とばかりに言い切った。
これであの小さなベッドも死守だ。
「今日行くの?」
「うん。アカデミー終わってから行ってくる」
「夕方?じゃあ、オレも行こっかな」
「ほんとに!?」
「ウン」
やった!デートだ!
ぶわーっと期待に胸が膨らんで、「約束な!」とカカシに何度も念押しした。
夕方、木の葉広場に着くと、カカシはすでに来て本を片手に立っていた。
ここはよく待ち合わせに使われる場所でたくさんの人がいたが、すぐにカカシを見つけることが出来た。
隠してるけど、カカシはぴかぴかしているから良く目立つ。
なんにもしてないのに、周りの人がちらりとカカシに視線をやるのが遠くからでも分かった。
特に女の人がカカシを盗み見る。
それを見て、猛然とダッシュすると遠くから名前を呼んだ。
「カカシ!」
視線を上げたカカシが本を閉じた。
本をポーチにしまいながら、カカシがにこっとしたのが分かった。
顔を隠しててもちゃんと分かる。
周りの人が、カカシの待ち人が俺だと分かって安堵と羨望の表情を浮かべた。
きっと友達とか同僚とか思っているのだろう。
「カカシ、お待たせ」
「ううん。走って来たの?ゆっくり来て良かったのに」
カカシの手が俺の両頬を包んで、指の腹で鼻の頭に浮かんだ汗を拭った。
緩く孤を描いた片目に見下ろされて、かあっとなってますます汗を掻いた。
カカシの醸し出す甘い雰囲気は未だ慣れない。
これ以上続くと目を回しそうだったので、カカシの腕を掴んで手を引いた。
「カカシ、行こ」
歩き出すとカカシが手を繋いだ。
周りのことはすっかり忘れていた。
木の葉スーパーでカーテンを選ぶと、そのまま地下へ降りて食材を買った。
カーテンは春の空みたいなブルーにした。
この色はカカシに良く似合う。
帰りがけ、待っているように言われて商店街の入り口に突っ立っていると、カカシが花を手に戻ってきた。
「ハイ」
差し出された淡いピンクの花束に手を伸ばす。
「アリガト」
照れてぎこちなく言った。
あれから時々カカシは花をくれる。
初めて結ばれた次の日は赤い花束を貰った。
花はカカシの気持ちの表れだと言った。
想いは形にならないから、代わりに花をくれるのだと。
淡いピンクの花を両手に、今のカカシの気持ちを想う。
甘い香りを吸い込んで、胸が満たされるのを感じた。
だけど。
歩き出したカカシの手にもう一つ、白い花束があるのを見て楽しい気持ちに翳りが差した。