絶対言わない 33


あれは誰にあげるんだろう・・。

押し寄せてきた不安にカカシの袖を掴んで見上げると、カカシがにこっと笑った。

「ちょっと寄り道して帰ろう」
「うん・・」

頷きながら俯いた。
嫌な顔をカカシに見られたくない。
貰った花に視線を落とすとカカシは何も言わなかった。

俺の花の方が綺麗だ。
俺の花の方が大きい。

嫉妬がぐるぐる渦巻いてつまらないことを考えた。
狭量だと分かっていても、本音を言うと誰にも花を渡して欲しくない。

「イルカ、こっち」

もんもんと歩いていたら、カカシが家へ帰る道から脇道へと逸れた。
そこは以前、通い慣れた道。

「知ってる?この先に恋の名所があるんだって」
「へ、へえ・・?そうなんだ・・」

初耳だった。
この辺りは昔から住んでいるけど、そんな話聞いたこと無い。
カカシの口から『恋の名所』なんて言葉が出てきたことにも驚いた。
そんなこと関心なさそうなのに。
頷きながら道の先を思い浮かべる。

この先にはお寺とお地蔵さんがあるだけだったはず・・。

思い出して足取りが重くなった。
出来ればあまり近づきたくない。
お地蔵さんとはあのお地蔵さんだ。
カカシに貰った花を置いてたところ。
今では大分薄れたが、あの時の痛みは忘れていない。
それにカカシと上手くいってから、あそこには行ってなった。
大量の枯れた花の残骸を思い浮かべて落ち込んだ。

お地蔵さんに悪いことしたな・・。

「あ!あそこだ」

弾んだ声を上げてカカシが足を速めた。
カカシの背中を見つめると、行く先はどう考えてもあのお地蔵さんのあるところだ。

「イルカ、早く」
「う、うん」

振り返ったカカシに手招きされて後に続く。
通り過ぎてくれたらいいのに、カカシが足を止めたのは、あのお地蔵さんの前だった。
往生際悪くカカシの後ろに立つ。

「どうしたの?」

手を引かれて、カカシの隣に並んだ。
ふいに香った甘い香りに、そろっと顔を上げて吃驚する。
お地蔵さんも小さな祠の外も色とりどりの花に囲まれていた。

な、なんで・・!?

ぽかんとしているとカカシが言った。

「ココにね、花を供えると片思いの人は恋愛成就して、恋人がいる人は幸せになれるんだって」
「へえ・・!」

そうだったんだ!だから俺も!?

関心しかけて、はっとなった。
ちがう、ちがう!
ここは、最初俺が来たとき何もなかった。
お供え物も花も、何も無いから俺は安心して花を置いていけた。

どういうことだろう・・・?

しばらく考えて、思い至った。

もしかして、誰かに見られてた・・!?

花を置いてはぐじぐじしている姿を。
膝を抱えてじっとしている様は、見ようによっては願っているように見えたかもしれない。
その後、カカシと手を繋いでウキウキ歩いてるところを見たら――。

ぼっと火が点いたように体が熱くなった。

俺が話の発端になってる・・?

そうだとしたら、めたくそ恥ずかしい。

でも、俺が発端だとしたら・・。

ここに花を供えても意味が無い。
ちらりとカカシを窺った。
花を供え、目を閉じて祈るカカシにそんなこと言えなかった。

「イルカと幸せになれますように。ずっと一緒にいれますように」

カカシの言ったことに、はっとした。
ふいにわっと涙が溢れそうになる。

「ね?」

目を開けたカカシが俺を見て、確認するように首を傾げた。
口布を下ろしてふわりと笑ったカカシが俺の頭に手を乗せる。
ぽんぽんと撫ぜられて顔が歪んだ。
きっとお地蔵さんがどうこうではない。
その想いが大切なんだろう。
だってカカシがそう願うなら、俺はずっとずっとカカシの傍にいる。

「カカシ、俺もこの花、お地蔵さんにあげてもいい?」
「イルカがそうしたいのなら」

うん、と頷くとカカシの花の隣に貰った花を供えた。
目を閉じると強く、強く願う。
気が済むまで願うと、待っていてくれたカカシが手を伸ばした。

「帰ろう」
「うん」

差し出された手に手を重ね歩き出す。
一歩進むごとに胸がほくほくした。
だけど、その胸の奥でずっと気になっていることがある。
知らないフリをすることも出来たけど、俺はあえて口にした。

「カカシ、あの人のことどうしたの・・?」
「あの人って?」

空気が強張る。
分かってるくせにカカシは白を切った。
その話題に触れるなってことなんだろうけど――。

「カカシの後輩の人。病院に来てた、綺麗な――」
「イルカ」

遮るように名前を呼ばれて何も言えなくなった。

「イルカが気にすることじゃなーいよ。もう会うこともないし、任務でも一緒にならない」
「でも!カカシ、・・あの人いい人だよ・・。それに今までカカシの為に一生懸命働いてきただろ・・?・・・許してあげてよ・・」
「・・・イルカって人がいいね」
「カカシ・・っ」
「腕を折られそうになったのに、どうしてそんな風に言えるの」

溜息を吐いたカカシが俺に呆れているのが分かった。
これ以上言うと、また怒らせそうで身が竦む。
それでも、このままではあんまりだと思ったから言った。
彼女は本当は優しい人だ。
あの場所で、蹲って泣いている俺を心配して声を掛けてくれた。
俺だと気付かなかったから。

「だって・・、あの人の気持ち、分かるから・・。カカシのこと好きだから、俺に意地悪したくなる気持ち分かる。俺だって、あの人のこと嫌だった。嫉妬して、どっか遠くに行って欲しいって思った・・。わざとカカシのこと教えなかったりした・・!」

ひくりと喉を震わせながら白状すると、何故こんなにも彼女のことを気にしていたのか気付いた。
許して欲しかったのだ。
彼女ではなく、彼女と似た事をした俺を。
彼女を激しく拒絶するところを見たから、俺も嫌われるんじゃないかと恐れていた。
カカシが彼女を許せるか知ることで、安心したかった。

俺ってずるい・・。

さすがに後ろめたくてカカシが見れない。
俯くと、カカシがポツリと言った。

「嫉妬、してたんだ・・」
「・・したよ。しないワケないじゃないか。あの人綺麗だし、優れてるし、カカシがあの人のこと好きになるんじゃあないかって思うと不安で、怖くて・・、哀しくて・・」
「待って、待って」

顔を上げると、口元を手で覆ったカカシが顔を背けた。
次第に耳が赤く染まって見えるのは夕日のせいだろうか?

「カカシ・・?」
「イルカって、滅多に餌くれないけど、くれるときは骨付きの肉くれるよね・・」
「え?肉・・???」

突然変わってしまった話に疑問符がいっぱい飛んだ。

「肉ってなんで・・?餌??あっ!カカシの犬のことか?あれはちゃんとあげようとしたんだけど、食べてくれなくて・・っ」
「イルカ?何の話してるの?」
「え?あれ・・?」

逆に聞き返されて困ってた。
話が見えなくなってしまった。
眉尻を下げてカカシを見上げると、カカシも同じように眉尻を下げている。
そんなカカシが、ふっと息を吐いて表情を緩めた。

「わかったーよ。ま、彼女のことはおいおいね」

困ったように笑うカカシが手を差し出した。

「帰ろう、イルカ」
「うん」

許しを得たことにほっとしながら、カカシの手を握った。
すぐに握り返してくれる手は温かくて大きい。

「なあカカシ、さっきの餌ってなんのことだったんだ?」
「なんでもなーいよ」
「そうか?」
「ウン」

ゆったりとした笑みを浮かべてカカシが言う。
そんな表情を見ていると、ホントになんでも無い気がして追求するのを止めた。

「イルカはずっと、そのままでいてね」

しばらくすると、歩きながらカカシが言った。
頷くと、歩調を緩めたカカシが小さなキスをくれた。
オレンジ色に染まった道を歩いて家に向かう。
夕焼けが俺たちを包んでいた。



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