絶対言わない 3
もやもやしながら授業を終え、職員室に戻るとパックンが待っていた。
「イルカ、カカシが呼んでおる」
「それならもう行ったよ」
「用件を言う前に帰ったと言っておったぞ」
「・・そんなの知らない」
用件だったら、さっきの彼女にして貰えばいいんだ。
イスの上に乗ったパックンを床に下ろしてお尻を押した。
もう帰れ、そういう意味で押したのに、パックンは腰を下ろして動こうとしない。
「とにかくイルカを呼んでくるのがワシの勤めじゃ。このまま帰ってはご主人に顔向け出来ん」
「〜〜〜っ」
こんなときばかり哀れんでみせるのはずるい!
普段、カカシがパックンに頭が上がらないのは知ってるのに、哀しみを浮かべた目で見上げられるといつまでも拒絶出来なかった。
「わかった。後で行くから」
「きっとじゃぞ」
ぽふんと煙を上げて消えたパックンに嘆息した。
なんだよ、カカシのヤツ。
用があったなら、さっさと言えばいいのに。
・・・だけど、カカシに頼られるのは嬉しい。
ちょっとだけそう思ったので、帰る支度を済ませると足早に病院へ向かった。
「カカシ」
さっきと同じように病室のドアを開けると、ベッドの背に凭れて外を見るカカシが居た。
素早く部屋の中を見渡せば女は居ない。
ほっとして中に入るがカカシはそっぽ向いたままで、機嫌を悪くしているのが窺えた。
「・・・用ってなに?」
「・・・・・・・」
カカシは何も答えない。
無言のまま威圧的な空気が流れてきて、怒られているような気がしてきた。
カカシの傍にじっと立ち尽くす。
次第にカカシの顔を見ていられなくなって視線を落とした。
「・・・カカシ」
知らない顔をするのは止めて欲しい。
心細くなって名前を呼ぶと、カカシが「はあっ」とため息を吐いた。
「なんでさっき帰ったの?」
「だって・・。女の人が・・カカシの面倒みるって・・」
「そんなこと言ってないデショ?それにオレはイルカがいるからいいって言ったよ」
「でも・・・」
「あぁーあ」
カカシが大げさなため息を吐いた。
「イルカは薄情だなー。オレなんかイルカが小さい時から面倒みてるのに。おねしょした布団干してあげたの忘れたの?」
「そっ、それはもう言わない約束だろ!」
「だってイルカがつれないんだもん」
「だからって、約束は約束だろっ、今度言ったら承知しないからな!」
「どぉーしよっかな〜?ねぇ、イルカ、セ・ン・セ?」
「このっ」
暗に子供の前で言うぞと脅しを掛けてくる。
俺が一番弱るシチュエーションを突いてくるカカシに怒って手を上げると、カカシは笑ってそれを受け止めた。
良かった、いつものカカシに戻った。
笑顔を見てほっとする。
それで油断していた。
指先に痛みが走って、あっと思ったときにはバンドエイドを剥がされていた。
「いたっ!」
「なにこれ」
「離せ・・っ」
手を引っ込めようとしても強く掴んで離さない。
傷を開いて検分するカカシに止まっていた血が滲み出てきた。
「あんま深くないね」
「もう離せって」
「いつ切ったの?」
「カカシ!」
溢れ出る血に気を取られたフリをしてカカシの質問をはぐらかした。
いつ、なんて聞かれたくない。
「ティッシュどこ?」
きょろきょろすると、「ない」とカカシが切り捨てた。
「そんな訳ないだろ」
つっけんどんな言い方にむっとする。
睨み付ける様な視線をカカシに送ろうとして息を飲んだ。
手に顔を寄せたカカシが唇を開いた。
赤い舌先がちらりと見え、それが指の上を這った。
血が拭われ、そのまま指が唇の間に含まれるのを呆然と見ていた。
ざらっと傷の上を舌が這う。
「カ、カカシッ!」
かあっと掴まれた腕が熱くなった。
腕だけじゃない、体中が火を噴きそうなほど熱くなる。
傷の上をカカシの舌は何度も往復した。
ちゅっと吸い上げられ、体の奥がドクンと鼓動を打ったような気がして乱暴に手を振り払った。
「やめろ!」
きょとんとするカカシに羞恥が沸き上がった。
自分だけが強くカカシを意識しているのを感じて身の置き場に困る。
「どうしたの?」
「き、汚いじゃないかっ」
「え〜、消毒してあげたのに〜」
不満げに頬を膨らませるカカシから顔を背けた。
汚いのは俺の血でカカシのことじゃない。
だけど敢えて訂正することはせず、怒ったフリでポーチからバンドエイドを出した。
テープを巻く指先が酷く震える。
それをカカシがじっと見ていることに気付いて動揺は更に増した。
「なに考えてんだよ、傷を舐めるなんて」
「なんでよ。前はよくやったじゃない。イルカだって舐めてくれたのに」
いたいの、いたいのとんでいけ。
そう言ってカカシの傷に口を付けたことを思い出す。
まだ子供だったカカシの、あまりの傷の多さに泣きながらおまじないを唱えた。
「そんなの子供の頃の話だろ!大人になってすることかよ」
「どうして?大人だってしたっていいじゃない。どうしてダメなの?」
「そ、それは・・」
やらしいから。
咄嗟に浮かんだ言葉は、どうあっても言えることじゃなかった。
そう口にするのは、俺がそんな風に意識してるのをカカシに教えることになるから。