絶対言わない 29
家に帰りつくと、カカシが台所に立った。
途中で買ってきた具材に下拵えするとフライパンを火にかける。
じゅわっと熱した油の弾ける音がして肉の焼ける香ばしい香りが台所に広がった。
手早く箸を動かして野菜も一緒に炒め始めたカカシの背中からフライパンの中を覗きこむ。
「すぐに出来るーよ」
「う、うんっ」
振り向いたカカシの視線の近さにドキッとした。
向けられる眼差しが今までよりずっと優しい。
嬉しくなって背中に寄り添うと、カカシはにっこり笑って前を向いた。
じゅっ、じゅっと数回フライパンを返すと、ソバとソースを入れて更に炒める。
ソースの香りにぐうと腹の虫が鳴ると、カカシが目を細めて振り返った。
「もう出来るから、お皿とって」
「うん」
些細なやり取りにも心臓がどきどきする。
嬉しくて弾みそうになる心を抑えられなかった。
浮き足立って食器棚に向かうと皿を二枚取り出す。
すぐに戻って並べると、カカシは火を止めてこんもりと焼きソバを盛り付けた。
「かーんせーい。食べよ?」
にっこり笑ったカカシに頷いた。
カカシの分の焼ソバも卓袱台へ運んで向かい合って座る。
「いただきます!」
「ん、召し上がれ」
がつがつ焼き立てのソバを頬張り咀嚼する。
ごくんと飲み込み、「んまい」と言うとカカシが微笑んだ。
「よかった。おかわりあるからたくさん食べてネ」
「うん」
上手く言えないが、昨日までとは違う視線が俺を包む。
甘さを含んだそれが照れくさくて、こくんと頷くと焼きソバの上でひらひら動く鰹節に視線をやった。
片付けは俺が、と食べ終わった皿を流しに運ぶとスポンジを泡立てた。
くるくると皿の上でスポンジを滑らせるとコップに手を伸ばす。
背後にカカシが立ったと思ったら、するりと腰に手が回った。
背中を覆うように立たれて頬が火照る。
「すぐに終わるよ?」
さっきのカカシを真似て言うが、耳元にカカシの頬が触れるのを感じて振り向けない。
ぎゅううっと抱きしめられてドキドキした。
「イルカ・・」
首筋に唇が触れてビクッとなった。
「わっ!」
つるりと手から滑ったコップを素早くカカシの手が受け止めた。
「イルカ、片付けは後でいいから、あっちいこ・・?」
耳元でカカシが囁く。
カカシの手が蛇口を捻り、流れ出した水の中に手を入れられた。
泡を流す間、予感めいたものにますますドキドキする。
・・・もしかして、スルのかな?
でもまだ昼間だし、明るいしと否定する。
きゅっと蛇口を閉める音に一際鼓動が高鳴った。
「イルカ・・」
ぎゅっと腕の中に囲われると、ふわーっと一気に体温が上昇してカカシの存在を強烈に意識した。
背中に触れる熱だとか重なる手が特別なものになる。
カカシの唇がうなじや耳の付け根に触れてまたビクッとなった。
大げさな反応を返す自分の体が恥ずかしい。
くんと息を吸う気配に首を竦めた。
「カ、カカシ・・っ、俺、汗臭いから・・」
それとなく離れようとすると抱きしめる力が強くなった。
「そんなことなーいよ。いい匂いする」
「そんなことない!お風呂、お風呂に入るから・・」
「上がったら、――シていい?」
「えっ!」
言葉尻を攫われて、心臓が止まるかと思った。
俺が言おうとしたことはそういうことじゃなかったが、動きを止めて返事を待つカカシに首を横に振ることは出来なかった。
だって約束してた。
完治したらしようって。
まだ昼間で外が明るいのが気になったが、こくんと頷いた。
断る理由がなかった。
俺だって、この日が来るのを心待ちにしてた。
「・・ここ片付けるから、カカシ先に入って」
「うん」
ぽんと置いた手に頭を撫ぜられて、俯いたまま赤面した。
カカシに次いで風呂に入って、念入りに体を洗って出ると、服を着て寝室に向かった。
カカシの待つ寝室はカーテンを引いて暗くしてあった。
暗くと言っても昼間だからカーテン越しに透ける光が部屋を映し出している。
ベッドに腰掛けていたカカシは俺を見つけて立ち上がった。
はにかんだ笑みを浮かべて手を伸ばす。
「イルカ」
呼ばれて差し伸べられた手に向かって歩いた。
緊張しすぎて足の裏から畳を踏む感触が遠のく。
ふらふらとおぼつかない足取りでカカシに近づくと、その手を取った。
指先がみっともないほど震える。
怖いわけでもないのに、どういうわけかその震えを抑えることが出来なかった。
カカシ、と呼んだのに喉が掠れて声が出ない。
「そんなに緊張しなくていいよ。イルカの嫌がることはしないから」
頬を撫ぜられて、こくんと深く頷くと一瞬カカシの目に水の膜が張った。
瞼がすぐにそれ隠し、次に目を開いた時には水の膜はなくなっていた。
潤んだと思ったのは見間違いだったのだろうか?
問いただす間もなく、カカシが顔を伏せて唇を重ねた。
ちゅっと啄ばんではすぐに戻ってくる。
その柔らかな唇の感触に陶然となった。
つつ、と唇を舐められて薄く開くと舌が入り込む。
軽く舌先が触れ合い、くすぐったさに震えると口吻けが深くなってぬるっと舌が重なった。
「んっ」
首の後ろがびりびりして肌が粟立つ。
思わず喉を鳴らして身を竦めると抱擁が強くなった。
下ろした髪をまさぐられる。
背中を支えられ仰け反ることもままならないままカカシの口吻けを受け止めた。
舌を絡められ、くちゅくちゅと水音が立つ。
口腔から響く恥ずかしい音に鼓動が早くなった。
「はっ・・あ・・カカ・・シ・・」
呼吸が上手く出来なくて息が苦しいのと、それでもと願う気持ちが同時にきた。
息なんか出来なくてもいいから、もっとカカシとキスしていたい。
はふはふしながらキスに夢中になっているとカカシが唇を離した。
「や・・」
「イルカ、息して。先はもっと長いんだから」
離れた唇に追い縋る様に唇をくっつけようとすると、カカシが軽く唇を重ねて言った。
先は長いのか・・。
熱に浮かされ、ぼんやりした頭で納得する。
カカシにふわりと笑いかけられると安心して肺に息を送り込んだ。
でもすぐに唇が寂しくなる。
「カカシ・・・」
きゅっと袖を掴むとカカシが手を引いた。
ベッドに導かれて乗り上げる。
ぺたんと座り込むとカカシが服に手を掛けた。
捲り上げられて手を上げると袖を抜かれる。
肌に空気が触れて、体が熱を持っていたことに気付いた。
首からすぽっと抜けた服に、体を覆うものが無くなって心もとなくなる。
だって本当に何も無い。
見下ろしても平たい胸と筋に覆われた腹があるばかり。
・・どうしよう・・・。
体を隠すものを引き寄せたくなって布団に手を伸ばそうとすると、カカシが服を脱いだ。
目の前に現れた肌に目が釘付けになる。
均衡の取れたしなやかなカカシの体に心臓がどきどきして頬が熱くなった。
男の体でも見惚れたりするのだと初めて知った。
カカシはとても綺麗だった。
ますます上がる体温にぽうっとなっているとカカシの体が覆いかぶさってきた。
押されるまま布団に背中をつけると裸の胸が重なる。
カカシの重みを受け止めて布団に沈むと気付いた。
カカシの心臓も同じぐらいドキドキしている。
激しく波打つカカシの鼓動を胸に感じて、ほっと体から力を抜いた。
一緒なら、きっと何も恐れなくていい。