絶対言わない 27
・・・なんでこんなことになってんのかな。
カカシの後輩と二人、木の下に座ってカカシの話をしていた。
別に俺が誘ったわけじゃない。
にこやかに話しかけてきた彼女に、逃げるタイミングを失っただけだ。
おまけにカカシを待っていることを知られて彼女も一緒に待つと言う。
カカシに怪我を負わせた事を気にしている彼女を無下に出来なかった。
だけどな・・。
「それでね、その時のカカシ先輩、すっごくカッコ良かったのよ。あっという間に敵をやっつけちゃって。向こうは5人いたのに気付いたら全員倒れてて、動きが早くて目で追う事も出来なかった・・」
「・・・そうですか」
彼女から聞くカカシは俺の知らないカカシばかりで、正直言っておもしろくなかった。
俺はカカシと一緒の任務に就いたことが無いし、里にいるときのカカシしか知らない。
カカシが凄いのはうわさでは良く聞くけど、実際に凄いところは見たことがなかった。
そりゃあ小さい頃にクナイの投げ方を教えてくれた時は、全部的の中心に当たっていたけど。
そう言うんじゃないんだろうな・・。
声にうっとりした響きを聞き取って、曖昧に返事をする。
実際過去に思いを馳せる彼女は、俺が聞いていようがいまいがどちらでもいいようだった。
俺だってカカシのカッコイイとこ見てみたいのに。
早く、カカシ来ないかな・・。
いや、今となっては来ない方がいい。
むしろ置いて帰ってくれてもいいぐらいだ。
目の前でカカシと彼女が話すところを見るのは嫌だった。
どっかいってくれないかな。
後ろ向きなことを考えていると、ふいに話をふられた。
「里にいるときのカカシ先輩って、どんな感じ?」
「・・・・・・・・・・・・・・どんなって、・・普通です」
「普通って・・?」
「普通って言ったら普通!」
特別なことなんて何も知らない。
朝起きたら歯を磨いてご飯を食べて、前だったら着替えて任務に行って。
今は療養中だから俺を見送ってくれて、帰れば「おかえり」って言ってくれる。
夜はご飯を食べてお風呂に入って、時間が来たら布団に入る。
そんななんでもない生活しか知らない。
自慢できるようなカカシのカッコイイとこなんて知らなかった。
悔しさからつい返事がぶっきら棒になる。
突然不機嫌になった俺に、辺りの空気が不穏になった気がした。
「アナタは・・カカシ先輩のなに?・・・随分親しいようだけど・・・・親戚かなにか?」
「・・違います」
「友達?・・幼馴染?」
「・・・・・・」
そうだったけど、違う。
今はカカシの恋人だ。
だけどそんなことわざわざ彼女に言う必要を感じなかった。
「カカシ先輩はなぜアナタに花を贈るの?・・まさか、恋人だなんて言わないわよね」
否定的な言葉にびくっと肩が震えた。
非難される事を恐れるように心が萎縮する。
「まさかね。だってアナタに何が出来るって言うの?男じゃない。カカシ先輩を受け止めることすらできない。ましてやアナタみたいな子供に、カカシ先輩の何が分かるって言うの・・?」
分かるよ!
自信を持ってそう言いたい。
ちゃんと受け止めてるよ!
声を大にして言いたい。
だけど、本当にそうだろうか?
俺の知ってるカカシはごく一部で、働くカカシのことは何も知らない。
階級が違いすぎて仕事の話なんて出来ないし、年も4つも違えば共通の話題もない。
考えてみれば俺が一方的に自分の話ばかりしていたような気がする。
カカシの相談なんて乗ったことがなかった。
「でも・・っ」
でもカカシのことが好きだ。
カカシだって俺のことが好きだって言ってくれた。
それだけじゃあ、何故いけない。
「私、カカシ先輩のことが好きなの」
突然の告白にはっと息を飲んだ。
そうだろうと思ってはいたが、実際に聞くと衝撃的だった。
彼女は綺麗だし、年だってカカシと近い。
本気で彼女が迫ったら、カカシはどうするだろうという不安が込み上げて落ち着かなくなった。
「3年前に初めて任務で一緒になって、それからずっとカカシ先輩のことだけを見てきた。私なら、先輩を傍で支えることが出来る。柔らかく包んであげることが出来る。彼が望むなら子供だって――」
ぎゅーっと耳を塞いで彼女の言葉を拒絶した。
俺の出来ないことばかり言わないで欲しい。
「それに彼は里に将来を期待された忍びなの。その子孫だって――。わかるでしょう?」
だけど言葉は手の平を通して聞こえてくる。
耐え切れずに逃げ出そうとしたら手首を掴まれた。
「お願い、彼から手を引いて。3年間ずっと好きだったの。この想いは誰にも負けないわ」
「そんなの知らない!そんなこと、カカシに直接言えばいいだろう!」
「・・アナタは、自分がどれほど恵まれているのかわかってないのね・・。言えるならアナタとここで待ったりしない。カカシ先輩はね、里では話させてくれないの。やっとチャンスが出来たと思ったのに――」
掴まれた手首に力が加わった。
軋む骨に身を捩ったが手は離れない。
「痛いっ!離せっ!」
「アナタなんか、いなければいいのに」
彼女の哀しげな瞳に本気を感じ取って、その先を覚悟した。
砕かれる・・っ!
「何してるの」
冷たい声に、一瞬で痛みが引いた。
皮膚がビリビリして、彼女がさっと飛び退いた。
全身が鳥肌立って産毛が逆立つ。
カカシの殺気に空気が凍った気がする。
背中を覆うように立ったカカシに手を取られた。
その手が赤くなった手首を撫ぜて、無事を確かめる。
手を下ろしたカカシが俺の前に立った。
そこには、俺の知らないカカシがいた。
「カカシセ――」
「何してるのかって聞いてるんだけど?」
冷たい物言いに俺も彼女も息を飲んだ。
聞いていながらカカシは答えを求めていない。
そこにあるのは強烈な拒絶だけで、彼女の瞳から光が消えた。
「センパイ・・」
「2度とオレの前に立たないで」
「カカシっ」
あまりの物言いにカカシの袖を引いたが聞いては貰えなかった。
「行って」
大粒の涙を零した彼女が瞬身で消えた。
その瞬間、身を切られるような痛みが走った。
「カカシ!あんまりだよ!!」
「・・なにいってるの」
「だって、あんな言い方するなんて、・・酷いよ!」
彼女のことは苦手だった。
どっか行って欲しいとも思った。
だけどこんな最後は望んでいない。
ちっ。
舌打ちと共に腕を掴んでいた手を振り払われた。
乱暴な仕草に吃驚する。
だけどもっと驚いたのはカカシの視線の強さだった。
カカシが怒っている。
俺に、本気で。
「・・カカシ?」
「なんでなんにも言い返さないの?」
「え・・・?」
「・・・時々イルカを好きでいるのが空しくなるよ」
「・・っ」
あまりの言われように息を飲むとカカシが背を向けた。
俺を置いてずんずん行ってしまう。
「カカシ・・?」
ずきずきする胸を押さえて慌ててカカシを追いかけた。
溢れそうになる涙を必死に堪えて。