絶対言わない 26


抜糸の日、俺は仕事を休んでカカシに付き添った。
忍服を着て久しぶりに外を歩いたカカシの顔色はとても良くて、もう怪我をしているようには見えない。
暑いぐらいの日差しの中、木陰を散歩するように歩きながら病院を目指した。
その道のりが心を重くする。
抜糸して、傷が開かなければ治療が終わる。
完治したら、カカシに付き添いなんていらなくなる。

明日からどうするんだろう・・?

部屋に広げたままのカカシの荷物を思う。
片付ける素振りは見せなかったが、やはりカカシは帰ってしまうのだろうか。
その辺のところをはっきりさせるのが嫌で、どうするつもりなのかカカシに聞いていない。
うやむやのままカカシが居ついてくれたらいいのにと思うが、理由もなくカカシが俺の部屋へ帰ってくるのとは想像しがたかった。

・・寂しいな。

すっかりカカシのいる生活に慣れてしまった。
これからは帰っても一人かと思うと自然と気持ちが沈んだ。
俯いて歩くと指先にカカシの手が触れる。
はっと顔を上げると首を傾げたカカシが微笑んでいた。

「ついてきてくれてアリガト。ゴメンネ、仕事無理に休ませて・・」
「そんなことない!無理なんかしてないよ。もともと今日は休もうと思ってたし」
「そう・・?」
「うん」

だってカカシが万全じゃないのに。
俺じゃあいざと言うとき役に立たないかもしれないけど、ちゃんと完治したと言われるまではカカシの傍にいたかった。
指先に触れるカカシの手が熱い。
さっと辺りを見渡すと、辺りに人がいなくてカカシの指を握り返した。
子供みたいな繋ぎ方が恥ずかしかったけど、それでも緊張して心臓がどきどき飛び跳ねた。
顔が熱くてカカシを見ることが出来ない。

カカシが完治したら――・・。

もう一つの思いが頭の中を掠めた。
カカシが完治したら、初めての夜を迎える。
少しだけ裸で抱き合うところを想像して、はふぅっと溜息を吐いた。
繋いでいるこの手がどれほど気持ち良いことをしてくれるか知っている。
思い出すと体が火照った。

初めてだから上手く出来るか不安だけど、・・きっとカカシがなんとかしてくれる。

きゅっと指を握ると、カカシの親指が手の甲を撫ぜた。
握った指を外そうとしているのを感じて力を緩めると、すぐに指が絡んだ。
深く繋ぎなおして手の平を重ねると、そこから幸せが溢れ出て目の前を桃色に染めた。


「じゃあ、行って来るね」

迎えに来た医師に連れられて、カカシは一般とは違う病棟へ入っていった。
抜糸するだけだからすぐに終わるのかと思っていたらそうではないらしい。
申し訳なさそうに俺を見るカカシに笑い返して手を振った。

「待ってる」
「・・うん」

ふわりと笑ったカカシに、その笑顔だけで一生だって待っていられる気がした。

一つの部屋に消えていったカカシを見送ってロビーに向かった。
そこで待っていようと思うが、なんとなく手持ち無沙汰だ。
いつもだったら犬が一緒だが、今日はカカシが帰してしまった。
本でも買って来ようかと売店に向かった。
考えてみればいつもカカシが持ち歩いている本を借りておけばよかった。
楽しげに読んでいるのが気になっていたが内容は知らない。
興味が沸いて売店に着くと本のコーナーで似たような背表紙を探した。
だけど品数の少ない本棚の中からは見つけられず、仕方なく目に付いた本とペットボトルのお茶を手にレジに向かった。
それからロビーへ引き返したものの、混雑する様子に外へ出た。
中庭を抜けて木陰を探す。
座り心地の良さそうな芝生を見つけて口元を緩めた。
懐かしさを胸に幹を背凭れに腰を下ろす。
そこは前にカカシとサンドイッチを食べたところだった。

ここだったら万が一本に夢中になってもカカシが見つけてくれるはず。

安心して本を開くと、文字に視線を落とした。
日向に照りつける日差しは眩しいほどだが、木の下は涼しく吹く風も心地よい。
いつの間にか風がページを捲って、手の中から本が滑り落ちた。
うつらうつらと浅い夢の中を彷徨う。
すると瞬間、鋭い視線を感じて目を開けた。

・・あ、あれ?

誰も居ない。
気のせいかと首を傾げて膝の上に落ちていた本をひらうと影が差した。
人の形のそれにはっと顔を上げると、会いたくない人がいて怯んだ。

「こんにちは」

涼やかな声に、平静を装って挨拶を返す。
心の中ではすぐに去ってくれないかと願いながら。




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